第391話・『餌のやり方でこうも人は屈服』

「まぁて」


「ぁ」


目の前の餌を食べようとしたら命令される、体が硬直する、餌はすぐに食べたい、だけど大好きなこいつの命令はなるべく聞いてやりたい。


四肢を地面に預けながら見上げる、幼い少女が微笑んでいる、妖艶な笑み、口元に手を当ててクスクスと笑う、目の前にそれはエルフでは無い、人間の死体。


だからエルフライダーの本能にそこまで強く訴えかけては来ない、だけどそれでも食べたい、食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい、脳が焼き切れそうになる。


「ひ、ひどい、たべたい」


「キョウは我慢を覚えないと駄目なのだ」


独特の濃い色合いの緑の髪が揺れる、焚き火の光に照らされて…………………髪は虫襖(むしあお)と呼ばれる独特のソレ、玉虫の翅(はね)のようにやや暗い青を含んだ緑色の髪。


屈服している俺と君臨している少女、関係は逆転を繰り返す、餌をくれるこいつに逆らうのは駄目だ、逆らって殺しても……ああ、でもこいつは嫌いじゃない、好きだから、殺さない。


死臭は空腹を刺激する、膝を折って俺を見詰める様が生意気だ、頬に手を当てて位置を調整される、見詰める、何処までも何処までも見詰める、綺麗な女に見詰められるのは照れるぜ。


「がまん、してるだろうが」


「いやいや、我慢してないのだ、日に日に餌の量が増えているのだ」


「お前がそれだけ持ってくるからだろうがっ」


「キョウの食いっぷりを見てると……おお、お腹の膨らんだ個体は餌としては最適だと気付いたのだ、栄養が―――」


「うぁ」


「自然界では当たり前な事なのだ」


「い、言うな、言うな言うな」


「食べる癖に生意気な事を言うのだ、ふふ、妙に小心者なのだ」


「言うなっ」


「はぁい」


顔を寄せて来る、別名では夏虫色(なつむしいろ)とも呼ばれて親しまれている髪が頬に当たる、玉虫の翅(はね)は光の受け方で紫色や緑といった様々な光を放つ、古代から織物で玉虫色を表現するのは難しいと言われて高貴なモノとして扱われた、縦糸を緑にして横糸を赤を若干含んだ紫で構成したものが最上として扱われる。


こいつのソレは間違い無く最上だろう、全体に優しく柔らかくかけたパーマの毛先が心地よい、前髪はかなり切り込んでいて少年のようだ……しかしこいつ女子力高いんだよなァ、戦闘力も高いし、何より俺に対等に接して来るのが良い、俺はそれを受け入れる。


その度量がある。


「はい、食べて良いのだ」


「お前、あまり生意気だと食うぞ」


「別に良いのだ」


「あ?」


「キョウに食べられても大丈夫なのだ、そう教育したのはキョウなのだ」


「う」


「全部キョウのお陰なのだ」


「畜生が」


「そうなのだ、二人とも畜生でお揃いなのだ」


そんなお揃い嬉しくないぜ。


餌は嬉しいけどな。

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