第372話・『寄生で帰省』

土岐国栖(ときくず)、与えられた名に意味は無く、暮らしている場所に愛着も無く、仕事に使命感も無く、自身の体に満足もしていない。


組織で培養され量産され廃棄されて生き残った自分、そしてここで竜を護る為に門番として配置された、扱いとしては備品と同じ、しかも消耗品。


自分が死ねば次はちゃんとした『人間』が配置されるだろう、組織には自然をありのままに保護する目的がある、しかしそれに害する魔物を『処理』する為には人間では足りない。


故に竜種の研究のついでで自分は産まれた、シスターの技術を流用する為に賄賂を渡して―――大陸を統べる宗教は裏に黒いモノを多く抱えている、そして今それが目の前で体をくの字にして吐瀉している。


そのまま意識を失うのを見詰める、この人は何なんだろう、水滴が鼻の頭に落ちて来て尻尾が震える、いきなりこの洞窟にやって来て、自分を散々掻き乱して、まるで所有物のように扱って一緒にここを出ようとか、おかしいのだ。


「お、おい、大丈夫か、苦しそうなのだ」


「ァ」


口元を腕で拭ってやる、吐瀉物を完全に吐き出させるために口の中に指を入れてさらに吐瀉を促す、勢いのあるものでは無く………まるでそれが自然なように溢れて来る、吐き終えたら綺麗に処理してやる。


こんなに綺麗な生き物も吐瀉したりするんだなァ、少しだけ親近感が………何せここまで美しくて怪しい生き物は初めてだ、見た目だけでは無く精神自体が怪しく瘴気に満ちている、故に惹かれる、惹かれる。


吐いてる姿も可愛いとかどうしろと言うのだ、それとも他者との関わりが無い自分が現状に酔い痴れているだけだろうか?答えは出ない、鼻に詰まったソレを口で吸い出して吐き捨てる、穏やかな呼吸音、一安心。


そう、出会って、殺されかけ、殺そうとして、お姫様抱っ子されて、吐瀉して、介抱して、今ここにいる、纏めてみても二人の関係性が全くわからない、しかしこのままにしてるわけには………腰に手を回して持ち上げる。


「軽いのだ」


「けふけふ」


咳き込み方に力が無い、人工的な生物は『自然』のソレと比較して優れている点は多いがメンテナンスを必要とする場合も多い、シスターもそうなのだろうか?それともこの個体特有の現象?


取り敢えず巣に連れ帰って看病してやろう、お仲間は既に洞窟の外のようだし……そこから気配が動くわけでも無くずっと待機している、シスター同士で情は無いのだろうか?関係性を探るが答えは出ない。


「全くお姫様抱っ子されたりしたりと今日は何て日なのだ、土岐国栖もそこまで暇では……暇では……あるのだァ」


「けふ」


喉が切れたのか血が混ざっている唾液が……巣に生きた存在を持ち帰るのは初めてだ、餌は殺して処理してから持ち込むから………臭いが住処に残るのは嫌なのだ、しかしこの生き物は良い匂いがする。


甘くて陽気で良い匂い、なので住処に連れ帰る事に抵抗は無い、食べようと思わない、これは食べては駄目なものだとわかる、今は竜の保護よりも彼女を優先したいと思っている、力無く垂れ下がった腕を握る。


脈拍はしっかりしている、やはり何かしらのメンテナンス不足だろうか、自分よりも遥かに完成度の高い『シスター』がそのような事に?疑問は幾つもあるがやるべき行動は一つだけだ。


「けふけふ」


「……土岐国栖よりもこんなに大きいのに」


「けふ」


「こんなにも軽い、ご飯ちゃんと食べている?さらに嘔吐しちゃって……心配なのだ」


「けふ」


血の入り混ざった唾液が桃色の唇をより赤く染める、淫靡で死臭が入り混じり―――興奮する。


この生き物は他の生き物を惑わすために生きている、それを何となく理解した。


「綺麗で変な生き物なのだ」


「けふけふ」


「………持ち帰るのだ」


持ち帰りたい。

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