第368話・『かわいいいきものののののののの』

近くで見ると何時の間にか背後に立っていた、無意識、あまりに美しいものを見ると引き寄せられる?初めての経験なのでわからない。


朗らかに笑う少女、全てが計算されたかのように美しいのに纏う気配はおぞましくも雄々しい、まるで生物の頂点と言わんばかりの気配、全ての生物の長所を兼ね備えているような?


わからない、なのに触れようと腕が伸びる、そして負傷、振るわれた剣は異質なもので鉄の塊でしか無いのに魔力を削ぐように奪う、傷口を庇いながら逃走する、美しいものは美しい、そして怖い。


追って来る気配は無い、呼吸を整えて溜息を吐き出す、何だったんだ、あの魔性の存在はっ、右腕から流れる赤い血が地面に広がる水へと広がってゆく、この地底湖の栄養になるなら傷を負うのも良いモノだ。


初めての負傷、人工的に生み出された自分に敵う存在はいないと思っていた、しかしあれも人工物、誰かが作り出した生物が誰かが作り出した生物を傷付けただけ、そこに自然の理は無いように思う、人工物が傷付いただけ。


「ハァハァ、もう近付かない方は良いような気がするのだ」


あまりにも力の差があり過ぎる、あのような巨大な剣を木の枝を振るうように軽々と扱っていた……あの少女にも竜種の血が流れているのだろうか?それとも他の要因?外から来た少女は天使のようで悪魔のようで振るう暴力は竜そのものだった。


自分のような半端ものでは無いのかな?水面に自分の姿が映る、人間なのか竜なのかわからない、幼くてこの地しか知らなくて逃走してダメダメな自分、纏めてみたら頭が痛くなる、纏めなくても一つ一つで頭が痛くなるな、もう、不貞腐れる。


この洞窟は先住民の住居として使われていたせいか様々な生活品や書物が残っている、本を読み漁るのは趣味の一つだ、そのお陰で様々な知識と教養を得た、何時しかこの土地から出たいと思うようになった、だけどその反面で勇気が無い、不安しか無い。


組織に飼われている身だ、見た目も人間と違う、人工的に生み出された化け物、この洞窟がお似合い?様々な単語と情景が浮かんで泣きそうになる、同じ人工的な生き物なのにあの人は綺麗だった、おぞましいのに綺麗だった、羨ましい、妬ましい、可愛らしい。


「羨ましいのだ」


独特の濃い色合いの緑の髪、それに手で触れる、水面に映った自分を観察する、髪は虫襖(むしあお)と呼ばれる独特のソレ、玉虫の翅(はね)のようにやや暗い青を含んだ緑色の髪、触って何度も何度も確認する、触れてもこの色が変化するわけでも無い。


別名では夏虫色(なつむしいろ)とも呼ばれて親しまれている、玉虫の翅(はね)は光の受け方で紫色や緑といった様々な光を放つ、古代から織物で玉虫色を表現するのは難しいと言われて高貴なモノとして扱われた、縦糸を緑にして横糸を赤を若干含んだ紫で構成したものが最上として扱われる。


高貴な色と言われてもここでは誰も見てくれない、誰も褒めてくれない、全体に優しく柔らかくかけたパーマがまるで水底の水草のようだと自分で自分を罵る、前髪はかなり切り込んでいて少年のようだ、この髪型も自分で……まあ、ナイフがあれば十分だ。


このショートウルフは今年は来るかな、そう、時折外に出て外の世界の流行を学ぶ、しかし誰に見せるのか、自問自答していると頭が痛くなる、全てのつくりは小ぢんまりしているが瞳だけはやや威圧的だ、それは自分自身が望んでいるものでは無く竜種の血のせいだ。


「少し怖いのだ、これではオスが逃げて行くのだ」


縦長の瞳孔は竜種の証だ、全ての竜種がそうでは無いけどっ、人と違う明確的な部分ではあると思う、桿体細胞の発達した生物の特徴であるソレは夜行性の動物である証、縦に長いスリット状の瞳孔を見詰めながら溜息を吐き出す。


縦長のスリット状の瞳孔の有利的な面は幾つかある、日差しが明るい時間帯と暗い時で大きさを一瞬かつ自由に変える事が可能な点だ、光の量をほぼ無くすまで細くする事が出来る……故に日差しが強い時間帯でも感受性の高い網膜を護る事が可能だ。


また草原や岩肌の多いような入り組んだ土地で生活するには縦に細長いスリット状の瞳孔が有利と言われている、まさにこの洞窟だなとまたまた溜息を吐き出す、瞳の色は御空色(みそらいろ)でこの色合いに組織の皆も素晴らしいと笑っていた。


空の無い世界で生きているのに空の色を持つことを嘲笑っていた、澄んだ色合いの秋空のような薄く儚い青、御(み)は人間の範疇を凌駕した神や自然を讃えるためのソレだ、神聖なものや人間の力ではどうしようも無い存在を表すために使う接頭語の一つ。


尊称として使われるソレを名に含んだ色。


「全てが高貴な色合いなのにここで門番兼ペット扱いなのだ」


肌に鱗があるわけでも無い、しかし尾はある、クロワッサン状の独特の形をした特徴的な節がある尾、研究者の説明では栄養を貯蓄する機能があるとか何とか、気ままに振る、どんな竜の細胞を混ぜられたのだろう、しかし尾はまん丸い、栄養は沢山あるようだ。


少しキツイ瞳を細める、右腕、痛かった、しかし既に竜種の細胞が活性化して傷口を治している、いや、直しているか?人間の紛い物だから後者が正解か、赤と青が入り混じった服はかなりブカブカしている、モコモコ、だってこの体には温もりが無いから。


青いプリーツが大量に入ったワンピースがこの身を包んでくれる、襟元、袖口、裾は蛍光色を基調とした刺繍で彩られていて華やかだ、獣の毛皮でつくられた靴は先が鋭く尖っていて反り返った形状をしている、刺繍で彩られた帽子を調整しながら笑う。


所詮はペット。


「みぃつけぇたぁ」


「な、に」


おぞましさよりも美しさを感じた、その声に。


それはもう、どうしようもないほどに。

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