第357話・『わすれててもおこらねーです』
暗くて黒い空間が広がっている、明かりは無いのに何故か怖く無い、行くべき方向がわかっている。
歩きながらここは何処だろうと当たり前の疑問を浮かべる、それはそうだろう、暗闇を恐れない人間はいない。
しかも前後の記憶があやふやなのだ、しかし恐れが無い自分は何処か欠落しているのだろうか、歩幅が短い、ような気がする。
安心する、こっちの方向に向かうと安心する、気配が、誰かが俺を呼んでいる、体をすり抜けて行く闇の中に溶け込んだ誰かは一体だぁれ。
俺の忘れてしまった存在、幾つも幾つも蠢いている、まるで威嚇するように、まるで歓迎するように、しかし俺自身はそれを認識出来無い。
自分の髪の毛一本に名を与えて愛玩するつもりは無い、そこまで溶け込んだ一部はもう認識出来無いのが当たり前のはずなのに何故か少しだけ悲しい。
歩けど歩けど闇は消えない、俺の体に纏わり付いて脳味噌を掻きまわそうとする、表面の皺を楽しむ様に、何度も何度も思い出せ思い出せ思い出せ思い出せと。
どうして俺を責めるのか、どうして思い出して欲しいのか、お前は俺の、お前達は俺の体の一片としてそこにある、それだけで十分じゃないか、やめろ、耳の奥から金属音がする。
甲高いその音は人間の精神を逆なでするには十分で奥歯を噛み締めながらも歩く、何処までも何処までも歩く、出口を求めているわけでも無く、不快なモノから逃げているわけでも無い。
後ろを振り向くと無視された『一部だった』ものが奇怪な動きをしている、透明なのでいまいちわかりにくい………しかしそのおどろおどろしい動きに軽く吐き気を催す、自分の一部か、これが。
こいつらの本体である俺もこのようにおぞましいのだろうか、いいよ、お前達と同じならそれはとても幸せな事だ、嬉しい事だ、愛してる、でも思い出せないから、思い出せないから、それは絶対に。
だけどまるで縋るように纏わり付く『彼女たち』を見て何も感じないわけでは無い、それ以上にこれだけの数の一部がいる事に愕然としている、おれはおれが、え、どうしてこんなにいるの、消えてるの。
どうしておれはおもいだせないの、どうしてそれがかなしいの、そしてふかいなの、わすれてほしくないよとないている、うぅ、ここで足を止めたなら彼女たちに完全に捕まってしまう、それは危険だ。
だけど幾つかのソレは俺を捕まえようとせずに優しく背中を押してくれる、まるでここにいては駄目と、そう言っているような……だめ?だれ?ぶか、くろ、え、あ、いたい、胸が痛い、背中を押されるのに、胸が?
さっさと行きなさいと、去りなさいと、促される、しかしその優しい声についつい足を止めそうになる、他の一部が纏わり付くのよりもずっとずっとずっとずっと俺の、足を、とめ、だめなの、ここにいたら、お前といたら、だめなの。
ここにいたい、おまえといたい、ぶかこ、ここから、ここに、ふたりで。
『――――――――――――――――』
声は優しくも厳しくて、それは命令に近くて、勝手に動く足を憎く思う、まるで俺よりも彼女の命令を優先するように体が動く、闇の中を延々と歩く、出口を求めているわけでも逃げているわけでも無い。
彼女にそう命令されたら俺は喜んで実行する、それは当たり前のようで当たり前では無いようで矛盾を抱えたままそれでも歩く、彼女が俺の背中を押した途端に多くの一部が干渉するのを止める、どうしてだろう。
この中で彼女が一番……わからない、消えてしまった一部の序列などわかるはずも無い、だけどその優しい声が俺を護ってくれている、俺はそれに応えるように足を進める、光が見える、遠くに光が見える。
歩く歩く歩く。
「そんなに急いで何処に行くんですか、全く、せっかちなのはかわらねーですね」
人影、声、声、こえ。
しっている。
おれのこえ。
おれのすがた。
でも、おれじゃない。
「…………姿と声を奪ったくらいで泣きそうな顔をするんじゃねぇーですよ」
こえのぬしにちかづく。
なつかしい。
ぐろりあ?
だぁれ。
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