第354話・『あくになれ』

目立つ二人だから視線を集めるのはわかるがどうもおかしな視線がある、灰色狐もソレを感じているようだが無視をしている。


こいつは気配を探ったり何かを見極めるのが最も得意な一部だからな、ファルシオンの位置を調整しつつ欠伸を噛み殺す、襲って来たら本当に噛み殺してやる。


グロリアの方が少し心配だがそもそもグロリアに何か出来るような手練れなら俺達に気配を悟られないしな、殺意では無く観察?上手くいけば拉致?裏の裏にある感情を読み取る。


少しずつ風も強くなって来た、音を消すのには丁度良い、故にタイミングを狙っているのか?そもそもこの奇妙な視線の主が何をしたいのかわからない、まあ、雑魚だは無さそうだが強者でも無い。


「鼻水塗れのシスターに何がしたいのやら」


「すまん、すまん」


「素マン………」


「行けない子じゃ!エッチな子じゃ!おぉおおおお」


「うるせぇなぁ」


会話を楽しみながら白い砂浜を見渡す、街から砂浜までは直接繋がっている、舗装された設備があるわけでも無く小高い坂を下ればすぐに目の前に浜辺が広がる、辺境で海を見ないで育った俺には不思議な光景だ。


夕暮れの空を見ていると故郷を思い出す、夕暮れ時の空は心に何かを訴えて来る、それが何なのかはとうの昔に忘れてしまった、ざーざーーざ、砂浜の音は記憶がかき消される刹那の音に似ている、砂が擦れて、水が揺らいで、波が全てを攫う。


ざーざーざー、ですよ、ですよ、『ですよ』――――『ほら』―――――『全く仕方の無い人なのです』―――――消えない声はずっと消えない、幼くて、舌足らずなのに、俺よりもしっかりした声、あ、く、思い出そうとすれば思い出せるのに。


すぐに波の音にかき消される…………一瞬だったはずなのに一瞬では無い、夜空が広がる、夕暮れは夜空に殺された、そこにはもう俺の夕暮れは存在しない、瞬く星が死を告げるように点滅している、あれ、何時からここにいて、さっきまで夕暮れだったはずなのに。


どうして茜色は黒色に飲み込まれてしまったのだろうか。


「キョウ」


「え、あ、あれ」


気付けば灰色狐の太ももの上で寝ている俺がいる………心配そうに見詰める瞳と何かの、死臭のような、ああ、襲われたのか、殺したのか、夕暮れは終わったのか、最近は記憶が飛ぶことも少なくて油断していた。


「襲われて、殺した、それだけじゃ」


「いやいや……さっきまで夕焼け見てたはずだけどさ、俺ってヤバいのかな、病気?」


「ふふ、まあ、キョウは……こーゆー生き物じゃからなぁ、もう何も覚えていないじゃろ、あの娘の事も」


「娘?……懐かしい人を、いや、んー、あ、思い出せない……で、誰に襲われたの?」


「知らん、少し腕に覚えがある程度の人間じゃ、情報を引き出せそうなものは纏めておいたからあのシスターにでも渡すのじゃな」


「う、ん」


夕暮れは夜空に殺されたけど白い砂浜には赤い血が広がっている……闇夜の中でも月の光を受けて自己を主張する、夕暮れは死んだけど同じ色合いの世界が大地に広がっている様子は実に面白い。


灰色狐が命を奪う姿は軽やかで艶やかで大好きだ、寝ていたのが勿体ない、優しく髪を撫でる小さな掌の感触に目を細めながら自分の体調を確認する、どうもおかしい、体が縮んでいるような違和感。


「忘れても、姿は消せぬか」


「ん?つーか声が――――ああ、最初からこんな声か、海辺だから少し喉が潮風で――――」


「そうやって都合の良い記憶の改変、いや、壊変か」


「何を、言ってるんだ」


「『アク』の姿になるとは、能力の制御以前に軽々しく力も振るえぬのじゃ、強力過ぎて―――シスターに相談じゃな」


「?あく」


潮風も、血の臭いも、夕暮れを殺した星空も気にならない。


俺は俺だから。


「俺はキョウだぜ?」


「そうじゃな」


灰色狐が妙に優しくて何かムカついたので起きるついでに顎に頭部を叩き込んだ。


「「ぎゃあ」」


二人して絶叫した、いてぇ。

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