閑話179・『灰色兎』
村を出て何度目の雪景色だろうか??一面に広がる雪景色を宿から出て呆然と見詰める、見慣れた光景だがここまで障害物の無い一面の雪景色は初めてだ。
平原にぽつーんと突っ立った宿、宿と言ってもこの辺りをさ迷いながら生活している流れの店主が数カ月の間だけ開業する小さな小さな宿、気紛れな店主は酒を愛していて朝からカウンターを枕代わりに豪快な寝息を立てていた。
すえた漢の臭いにアルコール臭が混ざっていて少しドキドキした、グロリアはベッドの中で小さく丸まっている、寒いのが特別苦手ってわけでは無さそうだが今日は暫く微睡んでいたいようだ、暇なので俺だけこうやって朝から活動的に動いている。
宿泊客は俺達しかいない、オッサン店主は独り身らしく妻も子供も当然いない、グロリアは寝ている、誰も俺に構ってくれない状況下でこの景色を独り占めしているわけだがどうも面白く無い、絶景は一人で見ても虚しい、だってそれでは夢と同じだから。
しかし銀色の世界を見ているとどうしてもあいつを想像してしまう………左腕を千切る、真っ赤な血が雪に落ちる、熱を持った赤い血が雪を溶かして沈んでゆく様を見詰めながら痛みに顔を顰める、いたいいたい、それ以上に雪を溶かす自分の血に感動する。
こんなにも美しい雪をこんなにも汚らしい俺の血が溶かして薄めて広がってゆく、生命では無くなった赤い血が生命では無い雪を溶かす、条件が同じって事だ、同じ生命では無い雪と血であれば俺の血の方が強い、喉を鳴らす、あまりにも痛いのでちらりと左腕の切断面を見る。
肉の繊維が蠢いている様が蚯蚓のようで面白い、しかし再生は既に始まっていて少しずつ『にんげんのいちぶ』に戻りつつある様子が蚯蚓が人間に進化するような奇妙な光景であまりにもグロテスクであまりにもあり得ない進化だ、きもい、目を逸らす。
「具現化」
「ぁぁ」
「さっさとしてくれ、一人で寂しい、それでいてイテェ」
投げた左腕が徐々に丸まって行く、見事な球体になったそれが徐々に人型になってゆく、俺の一部はロリが多い、つかロリしかいねぇ、なので幼児体型なので全体的に角が無い、球体から変化する様を見ているとそれが実感出来る。
しかし変化する度に汚らしい音が周囲に響き渡る、肉が変化する音はまだ大丈夫なのだが骨が構成されて形を変える音は何とも言えない、死体をこねくり回すとこんな音がするんだろうな、でもこれ生きてるしな、矛盾を感じて苦笑する。
俺の全ては汚らしいのにこんなにも強い、こんなにも生命力に溢れている、血は雪を溶かす、左腕は不快で淫靡な音を鳴らしながら弾けた柘榴のような姿をしながら徐々に形を整えてゆく、そうだ、汚い生き物は強い、おれはつよい、つおい。
弱くて美しいのが良いのか、強くて醜いのが良いのか、誰かわからない誰かに、突きつけられているようなそんな感覚、俺は選んだのだろうか……最初から強くて醜かったような気がする、選択する余地なんて無かったかのように感じる。
「ふんすふんす」
「……具現化してすぐに鼻息が尋常では無いけどどしたよ、おーい」
「ふんすふんすふんす」
「……え、無視」
僅かな黄色が溶け込んだ白色の髪、卯の花色(うのはないろ)のソレは清廉で清潔で清純だ、人々に愛される色、しかしそれを持つのは人では無く高位の魔物だ、冷たい風に揺れるそれを見詰めながら無視されている事実に愕然とする。
空木(うつぎ)の木に小さく咲く初夏を告げる可愛らしい花の名を冠した色、卯の花は雪見草とも呼ばれている…………小さな花が健気に咲き誇る様が雪のように美しいからだ、しかし空木とはまた笑える、枝の内部が空洞である事からその名を与えられた……俺のレクルタン。
卯月(うづき)に製造されたのでこの髪の色を与えられたとか、卯月とは卯の花が咲き誇る季節を指す………その卯の花色の髪の上には同じ色合いのウサギの耳が生えている、魔物だからな、ん?
「ウサギ?」
「ふんすふんすふんす」
雪の上を飛び跳ねている姿はまんまウサギだ、この景色がレクルタンを狂わせているのか?狐ならわかるけどさ……ウサギも雪って好きだっけ?
人間で言えば10歳未満の幼い容姿、本来であれば銀朱(ぎんしゅ)の瞳は全てを見透かすように穏やかなのだが今だけは違う、朱丹に水銀と硫黄を丁寧に混ぜ合わせてソレを焼いて製造すればこの色合いになる。
肌の色はそれこそウサギの毛並みのように純白だ、だからこそウサギが雪にはしゃいでいる光景にしか見えない。
「食糞しねぇかなぁ」
「はう?!」
「ウサギだったらそれもするよなオイ」
「うごご」
「おい」
「やあ、可愛いレクルタンの可愛い赤ちゃん」
「おう、食糞しろや」
無視されたせいで少しキレている俺、立ち耳をピコピコさせてダラダラと汗を流す母親。
「あ、暑いデスね」
「おかしいよな、一面の雪景色なのによォ……痛いのを我慢して具現化したのに無視とか、おかしいよなぁ」
「―――――」
何処か抜けたような印象を持たせるウェーブボブは毛先が踊っていて目に楽しい、しかしその頭を掴んで引き寄せる。
「あわわ、デス、デス」
「そうか、死にたいか」
「その『デス』じゃ無いのデスよ!?」
「そうか、ウサギだもんな………食糞しなきゃな」
「ひぅううううううううううううう」
しなきゃな?
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