閑話175・『悪蛙の手刀は鈍くて鋭いファルシオン』

襲来は突然でありいきなりであり突如であった、小屋が大きく震えて調度品が床に落ちて空に電光が走る。


体が強制的に戦闘態勢に入る、隣で眠るキョウくんの頭を抱えるようにして護る、もがもが、胸元がくすぐったいが今はそれ所では無い。


強力な魔力が熱に変化して雪を溶かす、ドアの隙間から水が入り込んでくるのを見て溜息を吐き出す、どちらに呼ばれた?悪蛙か、キョウくんか。


故に現状を解決する為にもキョウくんの首元に手刀を落とす、もがーーーっ、眠らない、落ちない、気絶しない、げしげしげしげしげしげしげしげしげし、胸に抱えたまま何度も叩く。


ぴくぴく、奇妙な痙攣をしているキョウくん、うっ、ゆ、許して欲しいのですよ、部下子がこうやって城への侵入者を気絶させるのを見た事がある、何でも魔物のパーツにする為に生かして捕らえるように言われたとか。


部下子より不器用な悪蛙には無理な技でした、反省ですよ、白目を剝いているキョウくんの頬にキスをして小屋を出る、熱気、冬の現状を忘れさせるような激しい熱気、まるで太陽と直接対面したかのようなそんな感覚。


キョウくんの村の方までこの光と異変は届いているのだろうか?キョウくんは彼らへの干渉を悪蛙に強く禁じている、それとも辺境の人間ってものは何でも都合良く受け止める傾向がある、神の怒りやら何やらで勝手に勘違いしてくれますかね?


目の前の存在に向き直る、ちなみに小屋を出る時に結界を張ったのでキョウくんの身は心配無いですよ、そもそも目の前の存在の狙いがどちらなのか見極めないと駄目です、深く暗い冬の夜に訪れた来訪者はあまりにも不躾であまりにも失礼だ。


「さて、魔王の眷属の方かと思いますがあまりにも失礼じゃねーですか、冬に雪が溶けるのは我慢ならねぇーですよ、こん畜生」


「現魔王である勇魔様の弟君であらせられるあのお方に拝謁の許可を―――」


「するわけねぇですよ、帰れ、そのお方は幸せな夢を見て眠っている」


実際には白目を剝いて伸びているのですが、しかしこの魔物は何だ?どの魔王の眷属かわからないがかなり高位の魔物のようだ、完全なる人型、それでいて髪は炎を纏って燃えている、しかもそれが当たり前のように……瞳の奥にも焔の輝き。


恐ろしい程に軽装、冬の山を舐めるなと言いたいのですがお互いに人外、人間の振りをする必要も無いですか、年頃は人間にしたら二十歳程度、端正な顔付きと実直そうな瞳が印象的だ、人外の部分を差し引いても人間基準でかなりの美形だ。


しかし何処から情報が漏れたのやら、これを危惧してキョウくんの護衛としての自分がいる、まあ、主である勇魔の唯一の弱点とも言える存在だ、何時でも何処でも自分勝手なあの人でさえキョウくんの言葉は無視出来ない、捕らえて教育するか洗脳するか。


過去の魔王の眷属はなし崩し的に仕方無く勇魔に従っている者が大半だ、だからこそこうやってあの人の弱点を必死で探し回る、そして見事に辿り着く、相手側の敵意が膨れ上がるのを見詰めながら溜息を吐き出す、それこそ、キョウくんの為に命を奪うのは、それこそ。


楽しい。


「使徒がっ、こちらが頼み事をする立場だと知りながら、何て品の無いっ、人間味の無いっ」


「お互いに勇魔に生み出された人工生物と過去の魔王に生み出された幹部の魔物、人間味なんて最初からあるわけねぇですよ、バカ」


「くっ」


「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ」


「ゆ、勇魔様の下僕が―――」


「貴方のせいでその弟君が首に何度も手刀をされて白目剝いてるですよ、貴方のせいで」


「……ん?」


「はい?」


「…………勇魔様の弟君が白目を?手刀?………」


「ええ、貴方のせいですよ、可哀想なキョウくん」


「……………私のせい?……ん?」


「よーし、今からぶっ殺しますよー、キョウくんの白目を黒目に戻す為にここで死んどけですよっ!」


相手側の事情も能力も関係無いです、魔力を一気に開放して格の違いを思い知らせる、先程の雪解けを遥かに上回る熱量が自身の体の中心からマグマのように噴き出る、こいつのせいでキョウくんが白目をっ。


しかも口からカニさんのように泡をっ、こいつのせいでキョウくんが白目のカニさんにっ、鼻血も出ていた………白目で鼻血を垂れ流すカニさんにしたのはこいつだ、ええ、悪蛙は悪くねぇですよ、護ろうとして首を絞めて手刀したのですからねっ!


遠くで部下子の舌打ちが聞こえたような気がしたのですが気のせいです、気のせいったら気のせいなのですよっ。


「今度は手刀で首を切り落としてやるのですよっ!」


「今度はっ!?勇魔様の使途がまさかここまでっっっああああああああああああああああああ」


勝負は一瞬、雪解けよりも鮮やかに目の前の存在がバラバラに『解けて』ゆく、紐が解けるように、ふふ、キョウくんと悪蛙の間に他の何かはいらないのです、二人きりの世界なのですから。


解けて消えて下さい。


「悪蛙の手刀、捨てたもんじゃねえーですよ」


キョウくんには通用し無かったですけどね。

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