第350話・『ともだちになれ』

興奮で視界が乱れる、天幕の中へと飛び込んで来た彼女の絶叫は魔物達を震わせる、高位の魔物の気配は隠しようが無い、同族であれば尚更だ。


彼女の母親の姿は見えない、あの人が巧みに気配を遮断していたのかと今更ながらに感心する、目を瞬かせながら彼女の来訪を待つ、天幕の中心で待つ。


いや、返事は既に貰った、胸を手で押さえるとドキドキが止まら無い、延々と鳴り響く鼓動、まるで初恋のようだと客観的に見ている自分がいる、と、友達。


「こ、こればかりは、き、緊張するね」


あの美しい魔物の姿を思い浮かべて直立不動になる、し、自然とそうなってしまうのだから仕方無いのだ、魔物使いとしてでは無く、一人の女の子としてそうなってしまう。


きょう、さん、きょう、ちゃん?既にどのように呼べばよいのかと計算している自分がいる、嫌われないように、好かれるように……相手との駆け引きを考えてしまう。


支配する魔物に対して抱いた事の無い感情に戸惑いを隠せないが時間は刻々と迫っている、彼女につり合う『友達』とは何だろと考える……だ、駄目だ、頭がバカになって来た。


そもそもそこまで良い頭脳でも無い、魔物の事に関しては割と優秀だがそれ以外の事柄に関したらポンコツも良い所だ、こんなポンコツと友達になってくれるだなんてっ。


『友達になろぉおおおおおお』―――聞こえたのだ、欲しかった言葉が最高のタイミングで聞こえた、それ故に歓喜に打ち震えている、しかし歓喜に打ち震えているせいで頭が回らない。


「ふ、不安だよね……こんな学も何も無い儘廼守(ままのす)があんなに素敵なお嬢様とお近づきに……は、鼻血は」


大丈夫、そもそも友達って何をすれば良いのだろうか?でも一つだけわかっているのは彼女が特殊な魔物でその食料補給に困っているって事だ、この天幕に訪れた自分を捕食しようとしていたのもソレが原因だ。


だとしたら定期的に彼女に餌を与える事は出来ないだろうか?彼女の餌はわかっている、人間だ、それとも魔物使い?うーん、そこら辺も親しくなったら聞きたい、何せ彼女の体を構築するものだ、友として手伝って上げたい。


人間を餌にする事に関しては驚くほどに不快感が無い、生理的な嫌悪も皆無だ、魔物に近い職業なせいか一般人とは感性が違うのだろうか?ぎしっ、愛しの彼女の足音を聞きながら天幕を支える柱に身を寄せる、ひんやり、背中が冷たい。


「人間を、解体して、美味しい所だけプレゼントしたら、喜んでくれるのかな」


天命では無く単なる思い付き、しかしそう悪く無いような?いやいやいや、あの不条理を具現化した父親の血を継いでいる事が既に不条理だがこのような考えもあのクズと同じ血を引いてるから思い付くのか?


彼女には汚れた自分を、穢れた自分を………見て欲しくは無い、見て欲しい、え、ど、どっちだ、意識に何かが割り込んだかのような違和感に苦悶する、汚い、あの汚い男の血を引いている自分を、受け継いでいる自分を見て欲しい?


動揺する、眩暈がする、か、彼女に、キョウに……まだ駄目、曝け出すには段階が早い。


「このお菓子よりも……人間をお菓子にして、お菓子にして、そうすればもっと、もっともっと仲良くなれるよね、あっ、だ、めだろ」


そんな目立つことをすれば彼女が疑われる、だったら彼女のいない土地でそれを行えば良い、これからの人生は長い、その間に人間を捕まえて加工して餌にして彼女に貢いで貢いで貢いで、貢ぎ続ければよい。


「あ、いや、そんな事を」


「おっ、見付けた」


彼女は笑う、何処までも何処までも無邪気に笑う。


「友達になろう」


「あ」


しかし、どうしてだろう。


何かが侵食してくるような違和感がある、だけど、それは心地よいモノで決して悪いモノでは無い。


「友達になろう」


ともだちになろう、このこのためにいきよう、ともだちになろう。


ともだちになる。

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