第349話・『畜生に惚れたぜ畜生!』

儘廼守(ままのす)は魔物の世話を終えて何時もの様に天幕の中で意味も無く宙を見上げる。


何処で何をしていてもあの美しい魔物の少女の姿が消えない、魔物使いが魔物に心を奪われるなんて前代未聞だ。


いや、そうでも無いのか?下位の魔物を相手にしてただけで本来はこうあるものなのかも、高位の魔物は素晴らしい美貌を持って人を惑わせる。


幼く美しい姿をしている理由は単純だ、その方が人を惑わせる事が出来るし、さらに幼い肉はあらゆる事柄を素直に吸収する、大人になれば失われる柔軟性を永遠に保持する為。


はふ、寝ても覚めても彼女の姿が消えない、儘廼守を食べると言っていた彼女……この際だからお腹を空かせて来てくれないだろうか?片腕ぐらいならあげても良い気がする、それで友人になれるのなら。


あっ、これ駄目なやつだ、魔性の魅力に惑わされて全てを失うパターンだ、だけど自分の人生を振り返るとそれでも良いような気がする、くそったれな父親に支配されていた過去、そして魔物使いになった過去。


過去、過去、過去、どれも灰色でどれも濁っている、そんな中に鮮やかな色合いを持って彼女は現れた、退屈な日常をぶち壊すようにいきなり到来した、長い冬を終わらせる春風の襲来、あんな存在がこの世界にいて良いのか?


ぎしっっ、椅子に体重を預けながら眩暈を打ち消すように手をかざす、高位の魔物についての資料は少ない、しかしこんな街中で危険を冒してまで儘廼守を食べに来たって事はつまりは……人間しか捕食出来無いタイプの魔物?


このご時世、そこら辺に冒険者が溢れ返っている、彼女にとっては行き辛い世の中だろうと同情する、そしてどうして彼女に同情してしまうのだろうと考える、それではまるで人間の捕食を認めているようなものだ。


「そうか、人間が餌になる事よりも、彼女の心配をしてるのか、どうしようも無いね」


どうしようも無い、一度だけ、一度だけ会って………彼女のお腹が満たされる事はあるのだろうか?ここで生活する魔物の餌は自分が配合した人工のモノだ、彼女の好きなモノや生活を観察すれば少しは食べられる餌を開発出来るかも。


それでも人間の肉を求めるのなら罪人や奴隷を買い取って餌として与えれば良い、人間は数が多すぎるから間引くのに丁度良い、あのような美しい存在の餌になれるのは名誉な事だろう、あの美しい肢体、アレを動かす血肉になれるのだ。


「………魔物用のお菓子を作って見たけどね、食べてくれるかな」


魔力を練り込んであるし、どの魔物も喜んで食べる素敵な仕様だ、しかし彼女はシスターと魔物を融合した不可思議な生命体、過去のデータが全く頼りにならない、そもそもどのような経緯で生まれたか想像が出来無い。


一緒にいた幼い魔物を母と呼んで慕っていた、見た目は逆だろうにと思うが魔物に人間の常識を当て嵌めたらいけない、そして何よりあの幼い魔物は彼女を優しい瞳で見ていた、人間だろうが魔物だろうがそこに違いは無い。


人間の親でもクズもいる、自分の父親のように、魔物の親でもまともなのはいる、彼女の母親のように、○○のように●●のように………きっとそこに意味は無い、どの世界でもクズはいて、どの世界でも愛情はある、それだけだ。


「た、食べてくれなかったらウチの子にやろう……それは、ショック、だろうけど、うぅ」


食べて欲しい、そして友達になって欲しい、はて、どうして友達になって欲しいと思ったのか冷静に考える、彼女が美し過ぎるから?高位の魔物とお近づきになれば得られる利益があるから?そのどれもしっくり来ない。


きっと彼女が……不器用だからだ、そう、不器用で獰猛で『友達になって』と言っただけで混乱して逃げ出すようなそんな可愛い生き物、人間の常識で考えれば化け物でしか無いのだろうけど、自分にとっては彼女は彼女だ。


魔物使いだから魔物と仲良しになりたいのでは無い、彼女だから友達になりたいと感じた、しかし告白した瞬間に全力で逃げ出そうとする姿はおもしろかった、そして母親に叱られて落ち込む姿も愛らしかった、名前はキョウ、母親が呼んでいた。


キョウ、今日、狂、凶、昔習った別の大陸の言葉、それが一斉に脳裏に流れ込んでくる、それでも彼女は彼女だ、キョウはキョウだ、あっ、ま、まだ友達じゃないから呼び捨ては駄目だろう、お菓子をあげて、返事を貰って、それで、それでそれでそれで。


「キョウ、ふふ」


『ますたー………あの魔物は危険だよ』


「わかってるよ、でもさ、一目惚れって奴だよね」


『ひとめぼれ?』


「どうしようも無いって事さ」


それが人食いの化け物だろうが、それが人外の精神を有した規格外の存在だろうが。


一目、見てしまったのだから。

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