第343話・『うへへへへ、馬鹿にされても笑ってる娘はつおい』

天幕の中で固定された魔物を見詰める、腕に抱いている幼い魔物は明らかに高位の魔物だ、ここまで接近してようやく確信する、問題はそこでは無い……問題は彼女だ。


親子と言っていた、高位の魔物は我が子として同様の高位の魔物を生み出せることは資料で知っている、遡れば歴代の魔王に辿り着く、彼女たちはその直系のように思える、何せ完全な人型だ。


人間に化けているわけでは無く、人間の姿が本来のモノとしてある、その差異は大きい、前者はどれだけ行っても中の上ぐらいの存在だ、しかし彼女たちは違う、上の中、いや、上の上か??


一応人払いの結界を張ったが心許ない、自分の目的は彼女達の捕獲では無い………

そう、彼女たちとの会話だ、高位の魔物と見た事も聞いた事も無い珍種の魔物、彼女たちと意思の疎通をする事で新たな知識と見解を得る。


ここの天幕は仮設とはいえ丈夫で音漏れもしない特殊な仕様をしている、声が外に漏れる心配は無い、地盤面に対ししっかりと堅結接合されていてもし魔物が逃げ出して暴れても普通の天幕よりは耐えられるようになっている。


その建築構造体は恒久的な使用ではないという約束の下に主要構造部や屋根などの主だった部分が防火性能や強度において一定の基準以上の低減が認められている、つまりは建物として恒久的に使わない限り一定の堅牢さは約束されている。


有名メーカーの代物だから当たり前といえば当たり前か、防火性能などの基準も既に満たしており何層もある生地には膜式屋根材も組み込まれている、さらに魔法による加工もされていて炎や水を容易に弾く、つまりは何があっても基本的には心配無い。


この天幕の中で何が起ころうが。


「綺麗だね、こんなに綺麗な魔物は見た事が無いね」


「うへへ」


「……キョウ、褒められて喜んでる所に悪いけど足が固定されて割とピンチよ」


「このスライムかてぇ、もう!もう!うぎぎぎぎぎぎぎ」


「見なさい、我が子が顔を真っ赤にしながら苦悶しているわ、自由になった途端に暴れるわよ、そこら辺の躾は諦めているの」


「親子で高位の魔物ね、素晴らしいよね…………しかしこの子、精神のバランスが危ういように思えるね、知能が高い弊害かね」


「うへへ」


「また褒められて喜んでいるわ、知能は高いけど基本的にはくるくるぱーよ、そこが可愛いのだけどね」


「うへへ」


「全面的に褒めて無いのに喜ぶぐらいにはおバカよ」


魔物使いとして多くの魔物を観察して来たがここまで自由気ままな魔物の親子も珍しい、一瞬でこちらを始末出来ると思っている?事実としてそうなのだからと心の中で苦笑する、自身が使役する最強の魔物である心寝でも相手になるかどうか。


魔力云々では無く漂う瘴気が生物を惑わせる類のものだ、この天幕の中に存在する多くの魔物が怯えた瞳をしている、瞳の無い魔物は体を震わせている、この少女たちは恐ろしい生き物なのだ、人間の姿をしていても人間が恐れる化け物の姿をした魔物よりも恐ろしい。


特にこのシスターのように見える魔物、魔物使いで無いと正体を見破れないような稀な存在、ついつい会話をしている内に楽しいと感じている自分がいる事に驚く、所々に狂気を感じるのだが愛嬌のある所作でそれを打ち消している、ドキドキ、何故かドキドキする。


心寝が影の中で嫉妬で蠢く気配がするが無視をする………金糸と銀糸に塗れた美しい髪、天幕の隙間から差し込む僅かな光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、見る者を魅了するような美しい髪、やや癖ッ毛だが魔物だから毛並みと言えば良いのだろうか?


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている…………そして何処までも整った造形と何処までもコロコロと切り替わる忙しない表情、美しくて、忙しない生き物。


「貴方たちはここに何をしに来たね」


「餌を食べに、お前」


「まあ、そーゆー事ね………お腹が空いたら何でも食べちゃう娘なの、魔物だろうが魔物使いだろうがね」


「成程ね、だけど食べられるのは嫌だね、いやいや、どうせ食べられるなら君のような美しい生き物が良いのは認めるけどね」


「ほめた?こいつほめた?」


「どうなのかしら」


「褒めたね」


「うへへへへへへへ」


………食うと言っているのに、どうして可愛いと思えてしまうのだろう。


魅了されつつある事に抵抗は無かった。

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