閑話173・『両方救ったら両方消えた』

怒りに支配されるのは愚かだと知っている、しかし状況がソレを許さない、屍の山がソレを確かに伝えている、俺は死臭と腐臭の境目に立ちながら空を見上げる。


赤い月なのか、青い月なのか………判断は出来無い、何せ俺はこの世界で一匹だけの獣、この世界の常識を理解出来無い、皆が一生懸命作り上げたルールを理解出来無い。


そもそも始まりは何だったのか?


「それはそう、悲鳴が聞こえたからと仰いましたよ」


「ああ、それはわかっている、わかっているんだけど」


「何かおかしな事がありますか?ふふ」


「いや、助けたいと思ったんだ、だからこうして駆け付けた、それなのにどうして誰もいないんだろう」


「ご冗談が過ぎますわ、助ける為に戦ったのでしょう?ママ?」


「そうだっけ、そうだ、そうだった、お前が俺の外付けの脳味噌で助かる」


「ふふ、なんですのそれ」


俺と墓の氷の気配が濃厚なせいで死臭に誘われて虫も獣も寄って来ない、ああ、俺は何故か緊張しているのか?全身から力を抜く、すると墓の氷もそれに合わせて気配を薄める。


カラスが鳴く、獣の足音がする、虫の羽音が一気に不快感を持って開放される、なぁんだ、みんな来てたのか………死んだ血肉でお腹を満たせ、その血肉がお前達の子孫を作る力になる。


それなのに俺はどうしてか、寂しくて、背中を樹木に預けながら『はう』と息を吐き出す、みんな死んでるって事はみんなを護れなかったって事、俺は弱く無いのにおかしいな、誰かを救う力があるはずなのに。


「助けようとしたのに、助けられなかった」


「違いますね、助けましたわよ」


「でもみんな死んでるじゃねーか、みんながみんなの晩飯になってるじゃねーか」


夜の世界で墓の氷は浮いている、その煌びやかな姿は月の光を受けて輝いている、絹の法衣を纏った煌びやかなソレは夜空の月に勝る、宝剣に王笏、王杖、指輪、細かい刺繍の入った手袋、様々な情報が視覚から一気に流れ込んで来る、絵物語の王女のようだと心の中で思う。


ゆるやかで幅広な広袖のチュニック、十字に切り取った布地の中央に頭を通す為の穴を開けてさらにそれを二つ折りにして脇と袖下を丁寧に縫ったものだ、肩から裾に向かって二本の金色の筋飾りが入っているな、筋状に裁断した別布を縫い付けているのだ。


袖口にも同じ色彩の筋飾りが縫い付けられている、本繻子(さてん)と呼ばれる繻子織(しゅすおり)で編まれた素材、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の五本以上の糸で構築される織物組織の一種だ、経糸と緯糸のどちらかの糸の浮きが極端に少ないのが特徴的だ、経糸か緯糸のどちらかだけが表面に見えるのだがその職人技には素直に感嘆する。


密度が濃く層も厚い、さらに柔軟性もある、中央では高値で買い取りされると聞いている、光沢が恐ろしい程に強く服の形をした宝石のようだ、唯一の欠点は摩擦や引っかかりに弱い所だ、欠点と言える欠点はそれだけで非常に優秀な衣服、何より美しい。


死骸の山を背にしても輝いている。


「それはママが皆の望みを聞いたからですわ、死体の区別は」


「う、え、あ、全部同じ生き物だと、思うけどさ」


「助けてって、悲鳴で聞こえましたよね?その生き物は何て生き物?」


「……何だろ、何を助けようとしたんだ俺」


「ふふ、そこですわね」


「何が?これ、なんて生き物だっけ」


「人間と魔物ですわ」


「ああ、そうだったそうだった、忘れてたわけでは無いぜ、『人間と魔物』って生き物だぜ」


「違いますわよ……『人間』と『魔物』ですわ、二種が混合してこの山になっているのです」


「あ、そうなの」


じじーじじじじじ、月の光に照らされた死体は血と油に塗れた肉の塊で細部まで観察しても区別が、ううん、良くわからん、でも毛が沢山生えているのと生えていないのがある、尻尾があるのと無いのとがある。


俺はどちらを助けようとしたんだろう、振るったはずのファルシオンは何も答えてくれない。


「人間と魔物の両方の悲鳴を『感知』して両方助けようとして両方殺すだなんて、ママは慈愛の女神ですわね」


「え、聞こえなかった、何だって?」


誰も助けられなかったけど、腹を空かせた獣や虫は救ってやれた。


なんだ、プラスマイナスでゼロじゃん。


「ふふ、なんだ、なーんだ」

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