第332話・『胃の中は指でいっぱい、胃の中突き放題』

お腹一杯になって眠ってしまったキョウ、苔の広がる世界で穏やかな寝息を―――――こ、困ったわね。


無理矢理起こすには些か可愛過ぎるわ、自分の愛娘に対してそのような感想しか出ない辺りアタシももう駄目ね。


この子にはあのシスターが一番だ、あのシスターは偶然に誕生した化け物だろう、シスターの規格を大きく逸脱している。


そもそもアタシ達の存在を大体把握しているのでは?疑いは強くなる、そしてそれでも女性寄りのキョウが疑っているような『裏切り』を心配しようとは思わない。


あのシスターはきっと大丈夫、だってあのシスターがキョウに向ける瞳をちゃんと見た事があるかしら?あの、理由の無い愛情、母親が子供に向けるような愛情……それがある。


キョウと似たような出生理由だし相性が良かったのだろう、両方とも人工生命体であると同時に偶然に誕生した規格外の化け物でありしかし望まれて誕生した存在でもある、矛盾を孕んだ生命体。


だからこそお互いに惹かれ合いお互いに恋をした、だったらその可愛らしい恋の結末を見届けるのが母親の役割だろう、どの一部も覚悟は出来ているのに麒麟は――アタシの娘を困らせ無いで欲しい。


だけどあの娘を自分に恋させたのはキョウだ、溜息を吐き出しながら頬を突く、唸る、悩ましげな表情、お腹一杯になってすぐに寝たら……大丈夫ね、この子は人間や魔物の規格に含まれていない、ふふ。


「キョウ、まだ動けない?」


「うぅうううう、食い過ぎたぜ、けぷ」


「そりゃそうよ、はぁ、どれだけ指を再生させたと思ってるの?しかも腕まで食べちゃって、いたたっ」


「まだ痛む?つんつん」


「ひぃいいいいいいいいいう?!」


「あ、痛そう」


このレベルは既に傷口では無い、切断面、そこを指先で突くキョウ、あまりの痛みに一瞬意識が遠くなる、ま、全くこの娘はっ!


涙目になりながら睨み付ける………しかしキョウは幸せそうにお腹を叩いて微笑むだけ、しかしお腹に子供がいるのかと思う様な膨らみ方ね。


街を歩くにはあまりに目立ちすぎる、けぷけぷ、何度も嗚咽するキョウのお腹を撫でてやる、魔力を帯びた苔は温もりを持って広がっている、お腹を壊す事は無いでしょう。


自分の能力は他者を汚染したり領土を広げる為にあると思っていたけどこんな風に『優しい事』に使えるのね、自分自身に何故か感心してしまう、子供が出来てわかる事もあるわね。


「妖精の感知使ったらね、あれ」


「いたた」


「ちゃんと聞いてよ」


「あ、アンタが容赦無く突いたから痛みで悶絶してるのよ!全く、大食いだわ、人の痛みに鈍感だわ……このぉ」


「わしゃわしゃすんなし!く、癖ッ毛だから直すの大変なんだぞっ!ぐ、グロリアじゃないと直せないんだぞ!」


「バカ言うんじゃありません、アタシにも直せます」


「う、嘘だァ」


「ほら、こうやってこう、あのね、アンタの世話はあのシスターだけの専売特許では無いのよ、もう少し周りに頼りなさいな」


「う、うん」


黙るキョウ、自分一人で何でもしようとするのがこの子の悪い癖ね、美点でもあるけど、エルフライダーはこの世界に一匹だけの存在、故に一部を手に入れて孤独を埋める、そして忘れる、永遠の繰り返し。


こうやって伝える事が大事、この子に忘れられるなんて死んでもごめんだわ、ずっと傍に居続けてやるわよ、ふふ、子離れできない親でごめんなさいね、流石に灰色狐のように鼻水を垂れ流しながら絶叫しないけどね。


立ち上がる。


「さて、腕も再生したし、行きましょう」


「おー、けぷ、しかし指も腕も飽きた」


「今度は灰色狐でも食べて上げなさい、泣いて悲しんで――――喜ぶわよ」


「へえ、そいつは、そいつは、ふひ」


「こら」


「下品な笑みは母親譲りだぜ」


「んなわけあるか」


「俺の頭を撫でてる時、こんな風に笑ってたけど?」


んなわけ、あるかもね。


き、気を付けましょう。

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