第315話・『従者は伴侶をご主人様に望むのでそれはどうかな』
自分自身を深く考えた時に浮かぶのは何時でも誰かの所有物である事実、最高神にお仕えするのは不満でも不服でも無い、そして今はその最高神の血を受け継ぐ主の一部として存在している。
しかしその力は善神か悪神かと問われるなら後者のモノだ、我の主の方では無くもう一柱のお力、とても良く似ている、他者を惑わし支配して艶やかに笑う、そして高圧的に振る舞い甘える時は子供のように無垢に笑う。
かつては嫌悪したソレもご主人様のものならばと嬉々として受け入れる、神の精神は安定していて揺らがないものだがご主人様は常に安定しない、悪神の血は善神の血と違う、水面に広がる波紋は永遠に途切れない。
絶対的な孤独か精神を安定させない、自分以外に同族がいない事を心の底で理解している、だからこそ眷属を求めて一部を増やして孤独を埋めようと必死になる……だけどそうする事で他者を忘れて自分に塗り替える、孤独は永遠に埋まらない。
それを自覚出来無いのも悲劇だ、ご主人様は精神崩壊を避ける為に自ら『キョウ』と『キョロ』を生み出した、この地上で一人だけのエルフライダーをその自分自身の精神に分ける事で孤独を埋める、特に前者の『キョウ』には全ての権限を与えている。
ご主人様そのものなのに女性である『キョウ』は特別な存在だ、それに並ぶのは最古の一部である『キクタ』であり忘れられた一部の二人の『使徒』だ、大きな権限を行使出来るのは後は想い人の写し身である『クロリア』か、そこに我の入る隙は無い。
鮮やかな月に照らされたご主人様を観察する、繋いだ掌は汗ばんでいて極度の緊張状態にある事がわかる、我は今まで何も望まずに生きて来た、そして敗北してこのお方に取り込まれた、今思えばそれは運命であり必然であり未来の自分が望んだ光景だった。
ご主人様の肌は白磁のような美しいソレですぐに赤く染まる、染まれば染まるほどに鮮やかに朱が広がり我の心を大きく掻き乱す、チラチラ、先程から何度もこちらを探るような視線で見詰めて来る、失礼ながら――――小動物を連想させる、可愛い可愛い生き物。
胸が疼く、ズキズキズキ、先程ご主人様の頬に接吻をした行動は自分でも驚いた、許しも無く、自己的で利己的な行動、その理由を探しても答えは無い、したいからした、少しずつ狂ってゆく過程も少しずつ性に溺れて近付く姿も愛らしかった、地上で苦しむ純粋な神、善神と悪神の直系。
しかし理由はそれだけでは無い、きっとこの感情に理由は無い、近くにいると募るものがある、このお方の中で見る世界は輝いていて美しいのにご主人様自身を激しく傷付ける、誰にも理解出来無い孤独な生き物、唯一無二の悪神の血がその肉体と精神を汚染する、いや、最初から汚染されているのだ。
ふとご主人様の体が大きく揺らぐのがわかる、繊細な陶器を扱うようにそのお体を手元へと手繰り寄せる、何処も痛くならないように細心の注意を払いながら自分の全てであるご主人様を流れるように腕の中に、このお方は我の全てだ、しかし腕の中に手繰り寄せればこのように小さい。
赤子のように丸まって体を縮める、何かに怯えるように、何かに怖がるように、何かを信じないように、そのどれもが正解なのだろう、このお方が信じられるのは自分自身しかいない、二人の自分が最たるモノでその中でも『キョウ』が特別、そこに我はいない。
だけど今は我の腕の中にある、小さな命。
「ご主人様、お怪我は?」
「は、はいぃ、だい、だいじょーぶです」
口調が違い過ぎる………わなわなと体を震わせながら同じように震えた声で返事をする、金糸と銀糸に塗れた美しい髪、月の光を鮮やかに反射する二重色……黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている。
豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿………圧倒的な美しさを世界に見せつける、それなのにその全ては繊細でガラス細工のような危うさがある、見る者を何処までも何処までも自分の中へと引きずり込む美貌。
瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、天上に輝く星よりも美しい光でまるで吸い込まれそうな気持ちになる。
胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白でご主人様の美貌を邪魔しない、腕の中でぷるぷると、本当に、本当にお可愛い、このまま何処かへと連れ去りたい、自分の身分を考えろ、バカ者めっ、恥を知れ。
「あ、ありがとぉ」
「いいえ、ご主人様の体は軽いですね」
「そ、そうです、し、シスターは太らないから、えっと、体形はほぼコレです、ぺちゃぱいです、ぺちゃぱいでごめんなさい」
「ご主人様、もしかして動揺なさっていますか?」
ついつい問い掛けてしまう、意識されていると感じるのは自分の勘違いだろうか?意識されている、眷属であり一部であり同性でもある、しかし、しかしだ、す、少しでも、そのお心が我に向いて現世の苦しみから解き放たれるのであれば!
違う、本音はそうじゃない、今のは理由付けの一つに過ぎない、本当は我が望んでいるだけだ、このお方の伴侶――――――そのような事を、望んで良いのか、望んで良いはずが無く、望むような心も我には無かったはずなのに……芽生えてしまった?
ズキズキ、甘い疼きは強烈になり痛みを伴って我を蹂躙する、蹂躙されるのに、認めている、我自身が望んだ痛みだと。
「う、うん、素直に言う、き、麒麟がキスしてくれた時から、俺、変かも」
そのお言葉は我の立ち位置を危うくする、ご主人様に仕えるだけの卑しい獣が高望みの夢を持ってしまう、舌足らずの口調が愛らしい、童女のように悩みながら足りない言葉を補うように言葉を紡いでゆく。
ごくり、息を飲む、恥ずかしそうに下向きになりながら口元をモゴモゴと動かしている。
「それで先程から無言だったのですね」
「そ、そぉだよ、おかしいよな、もっと激しい事もしているのに、ここがムズムズしてドキドキする」
「―――――――――――」
それは我が感じている衝動と同じもの、ああ、そうか、そうですか、そのように。
神を惑わせる神、我を惑わせるご主人様、地上育ちの純血の神、最高神二柱の子、だけどそんな事は関係無い。
「な、何か言ってよォ、ふ、ふん、情けない主と笑いたかったら笑え」
「あ」
「あ、あれか、興奮して顔が不細工になっちゃってるか?!」
「いいえ、御可愛いままですよ、我がご主人様」
「ん?」
我がご主人様、そこに含まれる意味に気付いているのは我だけだ、誰も気付かない、誰にも気付かせない。
誰にも奪わせない。
「我がご主人様はとても無垢であらせられる、だから、我がずっと――――こうやって、護りますね」
「お、おう?」
キョトンとした顔で頷くご主人様、その返事がどれだけの重みで我を狂わせるのか知らない。
我の、我だけのご主人様、恋を知れば獣は女になり、恋を知れば神は女になり、恋を知れば我は卑怯者に成り下がる。
このお方を我だけの―――――――。
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