第314話・『主を我が物にしようとする聖獣(性獣)』

妖精の感知能力で既に居場所は捉えている、この山の頂上にいる、思ったよりも割と時間が掛かっている。


き、麒麟を襲おうとしたからだ、余計な時間を使ってしまった、ちらちら、横目で手を繋いでいる麒麟を観察する。


涼しい顔をしていて生意気だ、聞こえるように舌打ちしても動揺しない…………ち、畜生、畜生、それこそ四足動物の畜生の癖に。


キスをされた頬に手を当てて少しだけ吐息をこぼす、麒麟からのキスは初めてだ、麒麟は何時も俺に利用されて襲われて顔を赤面させているのが可愛い。


それなのに襲おうとした俺を可愛いと言う、可愛いのはお前で俺では無い、頬を膨らませて威嚇するように睨んでも従者のロリは柔らかく微笑むだけ。


さ、最近さ、一部の皆に無駄に愛でられているような気がする、それこそ愛でるのは本体である俺であって愛でられるのが一部の皆であるべきだ、立場が逆転している。


そんな余計な事を何時までも考えているから足元がお留守になる、複雑に大地に広がった木の根に爪先が引っかかって転びそうになる、反転、小さな体が俺を誘導するように軽やかに揺れる。


ぽすっ、俺の方が圧倒的に身長が高いのに重心を移動させる事で望むような形に持ち込む、麒麟の腕の中で麒麟の顔を見上げる、抱っこされるのは嫌だ、自分が子供なのだと自覚する、俺は大人びたグロリアに似合う女性になりたいのに・


じ、女性、ざーざーーざーーー、砂嵐が夜の世界で吹き荒れる、記憶が混濁する、そう、女性だ、グロリアに似合う女性になりたいのにこんな幼女にお姫様のように扱われている、屈辱と恥辱よりも先に口がわなわなと震えて顔が熱くなる。


「ご主人様、お怪我は?」


「は、はいぃ、だい、だいじょーぶです」


自分でも焦っているのがわかる、混乱しているのが痛い程にわかる、麒麟の前では常に強者のように振る舞っていた、それは自覚していたのでは無く無自覚で行っていた、どうしてだろう?こいつの前では絶対的で圧倒的な存在でいたい。


それなのにあのキスが全てをおかしくしている、木々の枝の隙間から見える星空は何処までも広がっている、星の煌めきは心を弾ませる、月の明かりは世界を鮮やかに染める、ロマンチックな雰囲気だ、自分が絵本の中のお姫様になったのだと勘違いをしてしまいそうになる。


体は何度も重ねた、小さな舌を弄ぶように舌を絡ませてキスもした、な、なのに、こいつが勝手に頬っぺたにキスをしたから!そのせいでおかしくなった!!俺はこの山に住む獣の正体を知りたいだけなのに勝手に頬っぺたにキスされた!許可も無く!


そのせいで先程から何だかおかしい、こ、転ぶし、お姫様抱っこされるし、何だか緊張して喋り方がおかしくなるし、でもグロリアに何度も言われている、『親切をして貰ったらお礼をしないと駄目ですよ』と何度も言われている、指を立てて微笑むグロリアが浮かぶ。


「あ、ありがとぉ」


「いいえ、ご主人様の体は軽いですね」


「そ、そうです、し、シスターは太らないから、えっと、体形はほぼコレです、ぺちゃぱいです、ぺちゃぱいでごめんなさい」


「ご主人様、もしかして動揺なさっていますか?」


ローズクォーツ、美容の秘薬とも呼ばれている女性の美しさや一途な愛を彷彿とさせる鉱石、紅水晶とも呼ばれていて美しい色合いで人々を楽しませる、そんな桃色の薔薇と同じ色合いの瞳が優しく細められる。


夜空に輝く満天の星よりも俺はこの宝石の方が良い、ああ、こいつは元々あそこに住んでいたのか、天上に住んでいたんだもんな、あの星空のどれよりも天上で輝いていたんだもんな?頬に紅葉のような小さな掌が触れる。


「う、うん、素直に言う、き、麒麟がキスしてくれた時から、俺、変かも」


「それで先程から無言だったのですね」


「そ、そぉだよ、おかしいよな、もっと激しい事もしているのに、ここがムズムズしてドキドキする」


「―――――――――――」


「な、何か言ってよォ、ふ、ふん、情けない主と笑いたかったら笑え」


「あ」


「あ、あれか、興奮して顔が不細工になっちゃってるか?!」


「いいえ、御可愛いままですよ、我がご主人様」


「ん?」


何だか強調するような物言いに首を傾げる、妙に『我』を強調していたような気がする、見た目通りのロリでは無く化け物ロリなので俺を軽々と抱き上げたまま歩き出す。


抵抗するつもりも既に無い、顔に両手を当てて赤面した顔を隠す、それが今の俺に出来る精一杯、篠懸(すずかけ)と呼ばれる麻の法衣に甘えるように体を擦り付ける、な、なるようになれだ、バカ。


「我がご主人様はとても無垢であらせられる、だから、我がずっと――――こうやって、護りますね」


「お、おう?」


うーん、何だか麒麟の様子が少しおかしい、でもだいじょーぶ。


俺の様子はずっとおかしいからな。

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