第313話・『麒麟ちゃんの男気ですよ、惚れた女に男気でっせ』

グロリアは何かわかっていたのだろうか?少しだけ前進したがグロリアの振る舞いも少しおかしかったと今更になって思う。


勘が鋭く人間観察に優れた彼女の事だ、あの村人たちが普通では無い事を何となく感じ取っていたのかもしれない、この村の役割は?


あの謎の獣が見せた幻なのかそれを生み出した人物の錬丹術(れんたんじゅつ)によって見せられた幻なのか判断出来ない、ふふ、どっちにしろ幻か。


溜息を吐きながら山へと向かう小道を進む、あの獣の正体をしっかりと確かまでそれでお終いだ、退治しようってつもりも無い、戦うつもりも無いぜ。


だけど戦いを挑まれたなら仕方無いぜ、あの獣は割と凶暴だった、いきなり両腕をぽっきり折られて驚きだったぜ、回復したけどあの時の恐怖がまだ残っている。


「腕撫でて」


「は、はい………あのぅ、これで良いですか」


「うん、気持ち良いぜ」


麒麟の小さな掌が俺の腕をさわさわと撫でる………右手の包帯が夜の風に吹かれて靡く、グロリアの為にナイフで抉った愛の証、愛の証を証明する為の傷口、グロリアの為の穴。


人間は愛を表現するのに『穴』を使うがそれは最初から存在しているものだ、しかし本当に愛を語り合いたいのなら自分で『穴』を生み出すべきだ、その人の為の穴を、愛を語る為の穴を。


グロリアも俺に血を与える為に右手に『穴』を生み出した、ナイフで抉って穴を生み出した、俺もグロリアに血を与える為に『穴』を生み出した、二人の右手には同じナイフで抉られた愛の証が存在している。


見た目もほぼ同じで穴も同じ、俺とグロリアはとても近い、とても似ている、自分の体が取り返しがつかなくなる程に満たされるものがある……俺はグロリアになりたい、グロリアは俺になりたい、そこには愛がある。


血が滲むのは興奮しているからだ、唇に指を当てて『はう』と囁く、グロリアを想うと何時でも幸せな気持ちになれる、折れた腕、回復した腕、だけど麒麟に撫でさせる事で折れた時の痛みを思い出させる、ふふ、はふ、痛かったァ。


きもちいいなぁ。


「なでて、うでがおれて、いたかったの」


「あぁぁあ、お、お可哀想に……何て酷い事を、何て残酷な事を……こんなにも細くて愛らしい腕を、惨い」


「そぉ、がまんしたんだよ」


「何とお強い心をお持ちなのかと麒麟は感服しています、しかし、我の前では泣いても良いのですよ」


「やさしーの、なんで」


「そ、それは」


「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」


鳥の声も虫の音も遮る俺の声、麒麟を覗き込みながら問い掛ける、後ずさる麒麟の瞳を覗き込みながら大木まで追い詰める、背中越しに逃げられ無い事を感じながら麒麟は大きく目を見開く。


あふん、感じる、ふふ、何だかおかしいなァ、グロリアがいないから頭がゆるゆるになる、可愛い麒麟が可愛い事を言って俺を口説くんだ、優しくして、優しくして俺を好きにさせようと企んでいる。


俺はグロリアのものなのにな、不思議な一部だ、瞼の裏が痒い、瞼の裏にできものが、無いよな、視界が狭まり麒麟しか見えない、お尻を左右に揺らしながら肉薄する、俺の可愛い一部に、俺を口説き落とそうと企む一部に。


「我は、ご主人様を―――お慕いっ」


「んふふ、やりたい?ヤリタイ?犯したい?」


「ご主人様、可哀想に、この世界ではそうやって、人の真似をして、虜にさせて、お心は常に孤独で」


「?なにそれ、バカにしてるの?」


「違います、愛を囁いているのです」


唇にでは無く頬にキスをされる、カーッ、顔が真っ赤になる、こ、こいつ浮けるんだもんなァ、麒麟から何かをされたのは初めてだ、麒麟からキスをしてくれたのは初めてだ。


え、あ、先程まで何を考えていたんだっけ、思考が激しく乱れる、そ、そう、あの獣の正体を見破りに来たんだ、なのにどうして、あああ、俺は麒麟を襲おうとしていたのか、わからない、でも、何だかしたくなっちゃった。


「へ、あ、うあ」


「失敬、我に迫るご主人様があまりに可愛かったので―――つ、つい、申し訳ございません」


「ふ、ふふふふ、ふーん、べ、別に気にしてないし、お、俺がする予定だったんだから、勘違いしないでよね」


「は、はっ、勿論です」


「つ、つぎは、唇にしろよな」


「――――御意」


に、にゃんかおかしいぜ、ドキドキする。


麒麟の癖にっ。

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