第312話・『咳き込む女の子はかわいい』
扉を蹴破って室内に侵入する、建物の中はカビの臭いと舞う埃が交わって最悪だ、麒麟が口元に手を当てて激しく咳をしている。
天上で大事に育てられた幼神には地上のコレはキツイだろうな、何年も使われていないであろう空間は久々の来訪者を喜んで歓迎する。
取り敢えずこのままでは作業にならん、丁度良い事に風が強い、既に使われていない事を確認出来たので建物の周りを一周しながら壁に幾つか穴を開ける。
古くなった木の板は抵抗する事も無く俺の蹴りを受け入れる、この建物はあの塩漬けの肉を渡した村人の家だ、しかし室内には生活の痕跡も無く人影も無かった。
化かされていた?初日を除いて視線を感じなくなった、そもそもアレは本当に人間の視線だったのか?正面に戻るとまだ麒麟が咳き込んでいる、少々過保護に育て過ぎだぜ畜生。
畜生と変わらない四足歩行の癖によォ、頭をポンポンと叩くと涙目になって見上げて来る、保護欲を刺激する潤んだ瞳、幼い容姿をしているのがまた憎らしい、本当に良い玩具だぜ。
鮮やかで艶やかな赤みを帯びた黄色の髪を優しく軽く撫ででやると目を細めて甘えて来る、本人に自覚は無いだろうが背伸びをして距離を詰める、まるで母親に甘えるガキだ、全く、仕方のねぇ奴。
山吹色(やまぶきいろ)のソレは前髪を水平に一直線に切り落としている、肩まで伸ばした髪も同様に一直線に切り落としていて清潔で整然とした印象を見るモノに与える、サラサラとしてソレを弄ぶ。
「お前の髪って良い匂いがするなァ」
「そ、そうですか………あ、汗の匂いでは?」
「ううん、お花のような匂いがする、もう咳は大丈夫か?俺はこんなの慣れてるからよォ」
「は、はい、ご迷惑を―――――」
「良いって、そのお陰でお前の髪を撫でれた、それって嬉しい事だぜ?さて、入ろう」
「はっ」
二人とも素敵な人外なので月の明かり程度の光でも夜目で全てを見通せる、踏み固められた地面は確かに人が使っていた痕跡があるが少しずつ罅割れていて整備をしている様子も無い、何年使って無いのだろう?
部屋の中心には俺が渡した塩漬けの肉が渡した時のまま木の皮に包まれて放置されている、くんくんくん、匂いを嗅ぐ、まだ食えるから回収、蜘蛛の巣を手で取り払いながらゆっくりと部屋の中を見渡す、蝙蝠やネズミの糞が床に転がっている。
ここにいたら何かの病気になりそうだ、しかしお生憎様、俺はシスターの細胞を持っているし麒麟は神だ、地上の病気は俺達に感染しない、バカは何とやらだと自虐しながら何か手掛かりになりそうな物は無いか探す、つまりあの村人は存在していなかった。
ずっと化かされた化かされたと冗談で言って来たが本当に化かされた、麒麟はまだ僅かに咳き込みながら部屋の中を歩き回っている、首筋に俺のキスマークがあるのだがソレを指摘したら赤面して暴れそうだから黙っておこう、優しさを知った俺、そもそも俺のせいか?
ローズクォーツ、美容の秘薬とも呼ばれている女性の美しさや一途な愛を彷彿とさせる鉱石、紅水晶とも呼ばれていて美しい色合いで人々を楽しませる、そんな桃色の薔薇と同じ色合いの瞳が興味深そうに本棚へと向けられる、本棚?こんな辺境の村で?
ここに住んでいた人物は学のある人だったのだろうか?俺もそこに並ぶ本たちに目を向けるがどうも奇妙だ、ああ、この大陸のものでは無いのか?灰色狐は東方の言葉や文字に通じている、それを引き出しながら本に手を伸ばす……文字は読めても色々と複雑で中々に頭に入らない。
プルプル震えながらつま先立ちをする麒麟に適当に選んだ本を渡す、え、浮かべよ?
「錬金術なのか?でもササの知識に少し引っかかるだけで別物だな」
「錬丹術ですね、仙術の一種ですがコレは素人でも成せるように簡易化されています」
「あっちの大陸の錬金術のようなモノか、へえ、しかしどうしてこんな本がここにあるんだろう?大陸外の本は高値で買い取りされる代物だし、ここに住んでいるような人間じゃ買えないだろうに」
「流れ着いただけでこの村の住民では無かったのかも、中々に興味深い、仙術は我も使えますが人間が扱えるように簡略化しているのが素晴らしい」
「ふーん」
「もしかしたらあの山に住む化け物はコレを応用して生み出されたのかもしれません」
「い、命を創造出来るのか?」
「それはどうでしょうか、ご主人様も感じた違和感はそのせいかも、そもそもアレは生きていないのかもしれません、この建物の主が幻だったように」
右手に持った錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を軽く振るうと本棚の書籍が細かく分解されて麒麟の額の二つの瞳に吸い込まれている、幻想的な光景、しかし僅かに咳き込んでいる様子がとても人間臭い。
「こほっ、成程、この建物の主は流れ者の錬金術師です、そのコネで大陸外の本を手に入れたようです」
「わかったけど咳だいじょーぶか?」
「こほっ、こほっ、な、何だか全身が痒いです」
「お前って見た目からして綺麗好きだもんな、綺麗だし」
「ひう、そ、そのような――――」
「綺麗で可愛い、ほらほら、目的のモノは手に入れたんだからさっさと出ようぜ?可愛い俺の麒麟ちゃんが病気にでもなったら大変だ」
「か、かわわわ、こほっ、こほっ」
ほら、もう可愛い。
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