第308話・『麒麟のどや顔は可愛いけど苛立つ』

村の中を探索する、しかし疑問が幾つも浮かぶばかりで答えは一向に出て来ない。


あの老人たちは何処に消えたのだろうか?畑仕事をするにしても畑は村の中にあるしな、まさかあの山へ出掛けた?


あの獣道の具合からそれは無いと思う、だったら何処に消えたのだろう?何だか不気味だ、麒麟と繋いだ手が汗ばむ。


こ、こっちには聖獣がいるんだ、あの山なんて一撃で消し飛ばせる最強で最恐で最凶の一部、その力を行使する事に戸惑いは無い。


「ご、ご主人様、どうなさいましたか?」


「何だか気持ち悪いぜ、この村………太陽の下で誰も働いていない、労働していない」


「それが?」


「ああ、普通は働くだろう、この畑だって世話をしていないせいで雑草がボーボーだ」


村人たちは何処へ消えたのだろうか?小屋の中を覗き込むが誰もいない、あの老人たちの足ではそう遠くまでいけないはずだ。


川か山か、生活の基盤となる二つの要素、どちらも食料や物資を得られる場所、昨日は山に行ったから川に行くか、確かこっちの方向だったな?


確かに砂利混ざりの土には不満がある、しかし条件としてはそんなに悪く無い村だよな?山もあって川もある、水はけの良い土地だし作物を選べばそこそこ食える。


「何もしてないのがおかしい、使っていない小屋も壊そうぜ、冬に備えて薪にすれば良いのに」


「良い塩梅で乾燥していますものね」


「おう、若しくは自分たちの生活する家の外側に貼り付けて壁を厚くするとかさ、ここ等辺の冬も厳しそうだ」


麒麟の体温は高い、繋いだ掌の柔らかさと温もりが俺を安心させる、村の裏側にある小さな川は透明な水で飲み水として何の弊害も無さそうだ。


川底の地形で多様な変化をする川だがこの小川は大きな岩の隙間を水が静かに流れている、二次流、回転流、螺旋状、そのような河川とは縁も縁も無さそうだ。


小さな魚の姿も見える、蟹やエビもいるだろうに、ここに罠を仕掛けて置けば一日の食料には困らないだろう、何より驚きなのは俺の影に覆われても小魚が逃げない事だ。


警戒心がゆるい、天敵となる生物があまりいないのか?そして人間を恐れないって事は定期的に接触している可能性がほぼゼロに等しいって事だ、川で漁もしないのか?


「どうやって生きてんだよ、マジで」


「ご、ご主人様、そのように感情的にならなくとも」


「俺は似たような辺境で育ったからな、ついつい感情的になっちゃうぜ」


「は、はぁ」


「畑も耕さない、罠も仕掛けない、廃屋はそのまま!それで漁もしないっ!」


「ご主人様……」


「働こうぜっ!?」


ついつい叫んでしまう、それでも小魚は逃げない、溜息を吐き出しながら周囲をゆっくり観察する、森林伐採などによって周辺が裸地となっている場合には多量の土砂が流れ込み濁った川の色となる。


そこまで行かなくても多少の濁りや水底に泥が蓄積するものだが全くの皆無、冬に備えて木々も切り落としていない、あの小さな山にしか木々が無いのだから普通ならそうするだろう、生きる事を諦めてる?


しかし痩せて無いんだよなァ、太っているわけでは無いが特別痩せているわけでも無い、食料に困っていないとわかるぐらいにはしっかりとした体つき、なのに塩漬け肉を物凄く喜んでいた、普段なに食ってるの?


「何だか厄介な事に足を突っ込んだぜ、麒麟、昨日の獣、俺の中で見ていたろ?」


「はっ、あのような獣は見た事がありません、天上にはいませんでした」


「ふーん、捕獲出来るか?」


「無論」


「………………えい」


頭を掴んでグリグリする、何だかしらんがイラッてした……『無論』って言い回しとドヤ顔がムカついた。


「ご、ご主人様っ、ど、どうしてこのようなっ、いたたたたっ」


「ふん……『無論』とドヤ顔は禁止だぜ、このこのぉ」


さて、この村の住民が仕事もせずにそこそこ潤っている秘密を暴くとするか。


別にそれをして困らせようってわけじゃない、単純に気持ちが悪いからだ、労働もせずに日々を過ごしている事がさ。


「ひううううううううううう」


「ドヤ顔より泣き顔の方がお前にはお似合いだ」

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