第306話・『喘ぎ声について暫く悩む主人公、控えめになった』
山へと続く道からの帰り道、奇妙な視線を感じて後ろを振り返る。
今までに感じた事の無い気配に狼狽える、ファルシオンは無い、しかし一部の力は全て扱える、恐れるものは無いのにな。
木々が揺れる、生暖かい風が頬を撫でる、爛々と輝く青い月が緊張を高める、何よりも驚いているのは魔力の気配を感じない事、つまりは魔物では無い。
魔物は魔王が己の魔力で生み出す人工生物、魔力と魔物は切っても切れない関係、鼻を鳴らす、死臭、腐敗臭、だけどお腹は鳴らない、何故だか美味しそうに感じない。
雑草が揺れる、背の高い雑草、まだ距離はあるが隠しきれない体がサメの背びれのようにソコから出ている、まだ距離があってわからない、殺気も何も無い、視線だけを感じる。
しかも幾つもの視線だ、一匹だけでは無いのだろうか?隠しきれない好奇心、俺に興味があるのか?しかしマジで熊より大きいなァ、魔物で無いとしたらどのような生き物なのだろうか?
『キョウ、魔物じゃないね』
「だな」
『来るよ、構えて』
「おう」
一瞬で一気に距離を詰める謎の生物、雑草が踏み潰され木々が倒される、空に舞う木の葉を見詰めながら思う、ああ、どんな生物かわからないが俺を襲って食おうとしている。
凶暴な生き物、だとしたら村の住民の対応はやはりおかしい、村までこいつは足を運んでいるのだろう?犠牲者が出るじゃんか、落とし穴でも何でも良いからこいつを処分しないと駄目だろ?
それともそんな罠程度でどうにか出来る存在では無いのか?激しい鼻息のようなモノが幾つも聞こえる、一匹だけでは無い?それとも何かの集合体?魔物では無いのにおかしな生き物だぜ。
しかしこの雑草と木々に囲まれた場所では戦い難い、俺よりも圧倒的に巨大な敵にしたら尚更だ、目の前に迫ったそいつが原始的なタックルで俺を吹き飛ばす、一瞬ヌメッてした、蛞蝓を触った感触に似ている。
「き、キモイ、キモイ感じだったぜ」
『その感触は私とリンクしなくて良いからねェ』
「酷くね?!両腕の骨が折れたな、素晴らしい攻撃力だぜ、ムカつく」
『んふふ、ヌメッてした感触はお断りだけど激痛なら引き受けるよ?キョウが痛がる姿は見たく無いからねェ』
「優しいのか優しく無いのかどっちだぜ?!」
掌に纏わり付く粘液は奇妙な色をしている、様々な色が混ざって濁ったかのような色合い、キモッ、妖精の能力で粘液を操って掌から引き剥がす、感知で相手の位置を見極めながら深呼吸。
妖精の無限に等しい寿命を対価に捧げる事で錬金術の規制は無くなる、骨を治しながら息を殺す、もしかして目が悪い?そして鼻も悪い?俺の居場所がわからずに戸惑っているようだ、さっきまで動いていたからわかったのか?
暫くするとその巨体が去ってゆくのがわかる、例の山へと帰るのか?何も音がしなくなり気配も無くなる、謎の獣が去った後は粘液塗れで踏み潰された雑草が奇妙な光沢で怪しく光る、ああ、雨で落ちていたのか?
戦闘が続くと思っていたので気が抜ける、俺の体は様々な一部の恩恵を受けて無駄に丈夫だ、特に麒麟の細胞が俺に人間離れした頑丈さを与えてくれている、それなのに両腕骨折とは笑えるなあ、いや、笑えない、並の魔物の力では無い。
そもそも魔力を感じないんだから魔物では無いよな?
「不思議な生き物だったな、いたた、回復完了」
『そうだねェ、あっちからしたらキョウも不思議な生き物だと思うよォ』
「そうか?」
『ああやって多くの人間を殺して来たと思うんだァ、でもキョウは死なない、しかもキョウはピンピンしてる』
「ピンピン、ビンビンに言い直して」
『し、しかもキョウはビンビンしてる』
「あん、素敵な言い回しだぜ」
『喘ぎ声五月蠅いよ』
「やっぱり?!」
さて帰るか、あの獣の正体がわかるまで暫く滞在するようにグロリアにおねだりしないとなァ。
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