第299話・『主人公がヒロインらしいので』

蜘蛛の糸が収束して剣の形になる、攻撃の意思を持っていたソレが全ての軌道を奪われて一点に集中する、不思議な光景、空気も収縮するように甲高い音を鳴らしながらソコに集まる。


ウルミ、遥か極東で使用される恐ろしく薄い刀剣、軸が無い、鞭のように垂れ下がり地面を削る、やる気の無いヘビ?そんな不思議な形状をした剣を軽々と振り回しながら彼女は笑う、酷薄な笑み。


天命職・魔剣師、全てを魔剣に加工する?ならそのウルミも魔剣なのだろうか?ヒュンヒュンと刀身を遊ばせながら呵々蚊は実に楽しそうだ、鋭い刃先が地面を削り火花を散らす、キクタモドキが舌打ちをして糸を繰り出す。


四方から襲って来る糸の弾丸、しかし呵々蚊はウルミを軽く振り回すだけでそれを切断する、元々は同じ物質なのに圧倒的にウルミの方が硬度に優れている、天命職特有の理不尽な能力、呵々蚊はウルミを振り回しながら走り出す。


空気を切り裂く何とも言えない音、ウルミはあの定まらぬ刀身故に対象に攻撃を当てるのが難しい、無造作に振り回しながら急所に当たるのを祈るのが最善だ、攻撃速度が半端では無いのでそれだけでも十分なのに呵々蚊はそれを手足のように扱っている。


ナイフの時も思ったけどあいつって刃物の扱いが異常に上手いよな?それこそ武器が自ら動いているような錯覚を覚える、あれも天命職の能力なのか?理不尽過ぎるだろオイ、糸による攻撃はそれ以上の速度で空中を這い回るウルミの刀身によって全て無効化されている。


「泣かせたんだ、ここで死んどけ」


「本来の喋り方、キクタの記憶がそう告げている、キョウの前では可愛い娘を演出してたってわけね」


「そうだな、惚れた女の前で猫を被るのは仕方無いだろ、元来の性格がコレなのでな、嫌われてしまう」


「へぇ、そっちの方がかっこいいわよ」


「ありがとう、死ね」


刃先が舞う、まるで獲物に襲い掛かるヘビのように無機質でいて貪欲なその動き、キクタモドキの頬に血が走る、赤い血、だったら食えるかな、ぐるるるるるるる、さっきまで泣いてたのにどうしてか、どうしてか、お腹が空いたなぁ。


腕を僅かに動かすと刃先の軌道が大きく変化する、根元の繊細な動きが先端に大きな影響を与えるようだ………武器としてあれ程に扱いにくい物は無いだろうと苦笑する、戦闘時は体が常に動いている状態だ、あんな繊細なコントロールを必要とするものは本来なら使い物になるはずが無い。


しかしそれを完璧に操り糸を切断する、近距離で繰り出される糸の攻撃を容易く切り落とす、軌道を変えるのは何も腕の動きだけでは無い、足で刀身を蹴る事で縦横無尽に刀身が宙を舞う………まるでボールのようだ、あらゆる手段で『管理』している、恐ろしい。


「アタシの糸から誕生したとは思えない剣ね、底意地が悪すぎる」


「お前の本性がこれだよ、はは、ヘビのように獰猛で無感情で、しかしこれは剣では無く、魔剣」


「チッ」


「こうか?こうやれば良いのか?」


刀身が怪しい光を放つ、その光を受けてキクタモドキが一瞬停止する、まるで思考を停止させられたかのように瞳から光が消える、何だ?同じ光を見たはずなのに俺には影響が無いのに不思議だ。


その隙を見逃さずにヘビの頭が深々とキクタモドキの心臓に突き刺さる、一切の容赦が無い、しかし相手は魔剣の魔物、人間の姿をしているが人間では無い……すぐに瞳に力が戻って呵々蚊を蹴飛ばす。


しかし今までの動きとは違って全く余裕の無い蹴りだ。


「はは、少しは驚いたか、お前は糸で魔剣を使役するのだろう、その糸から生み出されたこいつは魔剣を操れるらしい……お前も魔剣だよなァ」


「ハァハァハァ」


「やはり相手の能力をそのまま奪ってより良い使い方をするのが好きだ、お前は糸を大量に使って魔剣を操っていたがそれでは手間が多すぎる、こうやって……操り人形のように糸を使うのではなく神経に突き刺して寄生させる方が手っ取り早い」


「そ、そう」


首に刺さった糸を手刀で切り落としながらキクタモドキは笑う、呵々蚊の言い分は最もだがやはりソレだけでは支配出来る時間に限界がある、どちらが優れているのか俺には判断出来ないが少なくともキクタモドキは感心している。


自分の能力を自分では思い付かないような形で使っている、それに素直に感心しているようだ。


「…………前言撤回」


「へえ、言え」


「ナーナー言っている貴方の方が素敵だったわ、今の貴方は可愛く無い、怖い」


「そうか、お前がキョウを泣かせたからだ」


え、俺のせい?

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