第297話・『母性を超越した感情』

キクタの写し身ならポテンシャルもそうあるべきだ、事実、そうあるのだ。


二人同時の攻撃を軽々と避けながら魔力を込めた打撃を繰り出してくる、何て事の無い軌道を描き軽々と俺の横腹に拳が突き刺さる。


苦悶しながら吹っ飛ぶ、呵々蚊はキクタモドキの攻撃を全て捌きながら足技で応戦する、手癖も悪いが足癖も悪い、浮き上がったキクタモドキ、体重を支える地面が無ければ人は無防備だ。


ダメージを受け流せる土台すらも失う……例え羽や翼があろうとその理屈は変わら無い、足払いをした右足を浮かせたまま前に繰り出すとキクタモドキの腹に見事にそれが決まる、そのまま体を捩じらせてダメージを浸透させる。


しかも服に足先を捩じらせて無理矢理に引き寄せる……捩じ込まれた足先と巻き込む様に捩じれた服の繊維がキクタモドキを吹き飛ばす事も後退させることも許さない、その捩じれた服が解放されると同時に小さな腕がキクタモドキの顔面に吸い込まれる。


赤い血が舞うのが綺麗だ、呆然とそれを見詰める、近距離になった途端にコレだ、呵々蚊の動きは全て予測が出来無い、普通の戦い方では無いが定石は踏んでいる、矛盾した二つを抱えた特殊な戦い方、その光景についつい見惚れてしまう。


あれが自分の女なのだと思うと何処か誇らしい気持ちになる、魔力を含ませた鋭利な糸が吹き飛ぶキクタモドキの五指から展開される、空気を切り裂いて地面を切り裂いて甲高い音を上げながら呵々蚊に接近する、今までの糸とは違う、振動している?


それによって対象物を切り裂く事が出来るのか???以前のように触れる事は出来無い、糸玉にする事は出来無い、しかしどうしてこの土壇場でこの技を?ある程度の距離が無いと振動が全てに行き渡ら無いのか?地面に降り立った事で失う物も得る物もあるって事か。


「ナー、振動する糸、触れられないナー、困ったナー」


「ふふ、乙女のお腹に蹴りをぶち込んで乙女の顔面に拳を叩き込んで容赦無いわね、お嫁に行けなくなる、赤ちゃんが産めなくなる、どうしてくれるの?」


「知ら無いナー、黙ってここで死ぬナー、キョウを、キョウを、ふふ、キョウを見殺しにした呵々蚊と同じ最低な生物の姿をした蜘蛛め」


「あら、少しだけ感情が見えたわ、貴方、この姿が嫌いなのね」


「さあナー、でもその姿を呵々蚊の前でしてるって事は殺して殺してくぅーんくぅーんって強請っているって事ナー、あはは、強請ら無くても大丈夫、ここで死ねるから、ちゃんと」


「貴方が死になさい、アタシの本体が望んだキョウをアタシが、このアタシが手に入れる」


「キョウを、物みたいに語るな、蜘蛛風情が、魔剣風情が―――――――――――キクタ風情が」


「本音が見苦しいわよ」


振動する糸が迫るのに呵々蚊は避ける事もせずにのほほんとそこに立っている、声を上げる、呵々蚊が死ぬのは嫌だ、俺が死ぬのも嫌だ、二人のどちらかが欠けても嫌だ、これは誰の感情なのだろうか?俺自身の感情?


涙声、自分でもどうしてそんな情けない声が出たのかわからない、しかし俺が声を上げた瞬間に呵々蚊の幼い表情が苦悶で歪む、絶望と希望の間にある一瞬の光、どうしたの?どうしてそんな表情をするの?迫る糸よりも俺の声に苦しそう。


そしてその表情がスーッと消え去る、ニッコリと笑う呵々蚊、その微笑みは全てを包み込むような優しさに包まれている、ど、う、して、そんな表情をするのだろうか?まるで、まるで、親が子供に向けるような理由の無い理屈の無い愛情。


もっと性的に歪んだ笑みをしてよ、そうすれば夜に盛り上がれる、全てを忘れて体を貪れるのにどうしてそんな、そんな、理屈や理由の無い愛情を俺に向けるの?怖くなる、どうしてか怖くなる、人に好かれるのも愛されるのもだぁいすき。


だけどこれは違う、苦しくなる、お、おれにどうして、おれなんかに、おれはばけものですので、ああ、そんな、ばけもの、ばけもの、だから、おかあさまに、あいたい、おかあさまにすてられた、おとうとにもすてられた、ひとりでしになさい。


ひとりでしなないとだめ、ばけものがたにんをのぞむな、ぴりりりりりりり、あああああああああああ、くろかなにいわれたことばだ、だいすきなししょうに、こんなひょうじょうをして、まぎゃくのことをした、おれをうらぎった、おれは。


あく、あく、あく、あくはどこにいるの、あく、お、おれのあくがえる、だいすきだった、ふたりで、あいつもこんなえがおをした、おれにむけて、ああ、でもいなくなった、おれになってしまった、もうたにんではない、たにんとしていっしょにくらせない、くらしたい。


「ァァ」


「大丈夫ナー、キョウ、キョウ、呵々蚊はずっと一緒ナー」


「う、うそだ、おれに、やさしいえがおをしてくれたひとはみんな」


部下子。


「大丈夫、だいじょうぶ――――――――お前、キョウを泣かせたな」


吸い込まれるように呵々蚊に糸が迫る、彼女がその細い腕を振るうだけで糸が消え去る、ファルシオンと同じような現象。


いや、糸が、収縮して、いる?


「天命職・魔剣師(まけんし)―――魔力を含んだ物質も生物も全て魔剣に加工する、ここで死んどけ、キョウの為に」


口調が変わった。


俺を見詰める目は以前と同じで優しいのに。

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