第295話・『金の愛情と銀の愛情、銀の愛情を選ぶ』

想いは募るよ何処までも、やがて人型になれるようになったアタシは同胞を増やす事にした。


魔物としての姿を二つも得た、キクタとしての姿と巨大蜘蛛としての姿、前者はわかるが後者は何なのだろうか?


同胞に命を与える際にが蜘蛛の糸を絡ませれば良い、以前まで使用者によって能力の限界が存在したが今では無造作に同胞を増やす事が出来る、それこそ無限に。


しかし魔剣の古都だとしても数には限りがある、主から与えられた命令は一つ、命令?あれはそんなに単純なモノでは無かった、あれは想いだ、深い愛情だ。


キョウの為にキョウの餌になれ、そしてキョウの餌を増やせ、キクタはキョウが人外である事を認識しているしそれでも関係無いと愛している、故にその未来を心配している。


エルフに関する存在が一番餌として適している、若しくはエルフと何かしら関係のある存在、ここにはエルフ専用の魔剣もある、いや、そもそもこの古都はエルフが住んでいたものだ。


違う大陸から渡って来たエルフ、黒髪だったらしいがどのような一族だったのかわかってはいない、ここにある魔剣だけがその文化を伝えている、何かと戦う為にこのように大量な魔剣を拵えた?


「そう思えば全てキョウの餌になるわね、アタシに関してもエルフであるキクタの愛剣だったしね」


自分の声はキクタの声だ、鈴の音を転がすような愛らしい声、しかし自分が何時も聞いていたのは感情の無い平坦な声、キクタは誰に対しても何に対してもあらゆる事柄に対しても感情を持っていなかった。


たった一つの例外を除いて、何時か来るであろう彼女の為にアタシのような存在を生み出し続けているのだろうか?キョウの為に魔王を倒す旅をしながらキョウの為に各地で餌を生み出す、仲間たちはそれを知っているのだろうか?


疑問は何処までも膨れ上がる、そもそも魔物を倒す旅をしている存在が魔物を生み出しているのだ、キクタが普通の勇者では無いことはバカにでもわかる、暗躍している、画策している、人類の英雄であるはずの彼女が一人の少女の為に。


それはどれほどに罪深い事なのだろうか、人類を守護する為に与えられた力を一人の少女の為に使う、しかも魔物を生み出すような事も平然とする、彼女はペテン師だ、しかも本物の勇者、そしてアタシの主、従う他に無い。


「それだけキョウを愛しているって事、彼女には何も無い、空っぽ、その中にあるのはキョウだけ、人間として欠落しているのね、魔王の方がまだ俗物的でわかりやすい」


つまりキクタはキョウを故郷に残して何れ外の世界に出るであろう想い人が『空腹』にならないように各地に非常食を配置している事になる、若しくは非常食を生み出す存在を生み出している。


エルフに関わる何かとエルフそのもの、キクタは純血のエルフだ、しかしエルフに関する愛情を持ち合わせてはいない、同胞や同族に対する感情は限りなくゼロだ、いや、消耗品としては幾らかマシだと思っている。


このような仕掛けを各地に幾つも残して多くの犠牲を生み出してもキクタは何も感じない、キョウが幸せになるように勇者の振りをして餌場を設置する、何時かは自分が外の世界を案内するつもりなのだろう、きっとそうだ。


キョウに喜んで貰えるように魔王を倒すついでに世界を下見している、ふふ、世界を下見?馬鹿馬鹿しい、しかし笑えない、キクタのそれが本気だとわかるからこそ笑えない、何時だって彼女にとってキョウより優先すべき物など無い・


「餌場ねェ、確かに、新婚旅行に連れ出して空腹で餓死されたらそれこそ」


蜘蛛の巣の中心に寝転びながら欠伸を噛み殺す、完全に覚醒したのはつい最近、同胞を増やし続けたら人間が来るようになった、ここの魔剣の多くはキョウの餌だ、退治されるわけには行かないので逆に人間を退治する、容易い事だ。


「主、キクタ、他の生き物なんて利用出来る駒ぐらいにしか思っていない、アタシだって」


でも不思議だ、利用されているのに憎しみは無い、悔しさも無い、キョウをここで待つ、それだけがアタシの使命、キョウに会いたい、貴方の餌だと言いたい。


キクタに汚染されているのかしら?キクタの仲間はそんな事も知らずに呑気に彼女を英雄として見ていたわね、笑える、自分の将来のお嫁さんの為にあらゆる命を弄んでいるのにアレで勇者だもの。


ああ、でも一人だけ凄い目でキクタを見ていたっけ、独特の喋り方をするキクタの幼馴染、あれも一種の化け物だ、化け物が化け物の幼馴染なのだから世の中はままならない、あの子だけキクタを、そう。


嫉妬するような、そんな視線で、そう、そうだったわ、あの子はキクタと仲良しなのにそれ以上に仲が悪い、え、む、矛盾?そう、キクタから何かを奪いたい、故郷に帰りたい、故郷に帰ったらあの子に告白を。


どうしてキクタ以外の思念がアタシの中にあるのだろうか?だけど悪いモノでは無い、奪いたい、キクタから奪いたい、奪ってしまいたい、キクタの事は好きだけどそれとは関係無いのだ、関係あるものか。


恋をしてしまえば終わりナー、へ、あ、何なのかしら、でも奪いたい。


キョウを奪うナー、キョウ、すき、すきぃ。


「な、に、かしら、コレ―――でも」


悪く無いわね、キクタがキョウに向けるあまりに純粋な愛情よりも。


こっちの方が――――好き、よ。


苦しくて、切なくて。


キクタの愛情より人間らしい愛情で。

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