閑話167・『キョウちゃんの優しい優しいアドバイスだよォ』

自分の性別を見失う事は多々ある、だけど二つだけわかっている、ドラゴンライダーになりたいって夢と、グロリアとキョウを護りたいって想い。


その二つがあれば自分を見失う事は無い、エルフライダーって種が俺を狂わせる、人間だったはずなのに人間じゃ無くなっている、それも良いか。


野宿をする際に素振りをするのだが休んでいるグロリアの迷惑にならないように天幕から少し距離を置く……お酒を飲みながら好きな書物を読み耽っているだろうしな。


市場で購入した羊皮紙本、その時点で古いモノとわかる、魔法で傷まないように固定しているらしいがそれでも見た目がもうヤバい、グロリアは全く気にしていないようだけど……難しそうな本。


羊皮紙は今でも好む貴族や金持ちが多いけど手間がなァ、一概に羊皮紙と言っても代表的なモノが羊なだけで多様な動物の皮が使用される、俺はどれも作った事が無い、何だか悔しいけど前述の通り手間がなァ。


「ファルシオンもそう思うだろう?本にするのは面倒だし、そもそも紙にするのも面倒だし、その上に読んでいる本は内容が難しそうだし、あ」


し、嫉妬していたのか俺、グロリアが夜のお話を早々に切り上げて本を読み始めたから?自分自身の感情に気付いて舌打ちをする、やはり子供だ、俺はまだまだ子供だ、同じ年齢だけどグロリアは精神年齢が段違いだ。


悔しい、羊皮紙職人の知り合いもいたのに酷いな俺、ファルシオンを地面に突き立てて苦笑する、数少ない知り合い、そいつは小さい時から羊皮紙職人になる為に血眼になって勉学に励んでいた、親の職を継ぐ事が幸せになる為の方法だと理解していた。


そいつに教えて貰ったっけ、素材選びの困難さ、まず寄生虫による皮膚の荒れやそれよりも劣悪な皮膚病の跡のない原皮を探す必要がある、遥か昔は疾病が理由で羊皮紙の製造に適さない原皮ばかりだったと聞く、技術の進歩が人類に製紙技術を与えた。


確か老獣の皮を使用すると上質の羊皮紙が出来るが仕上がりはかなり厚めになるんだっけ?グロリアの読んでいた書物を思い出す、中々に分厚かったぜ、だとしたらやはりモノとしては上質なのだろう、この俺が嫉妬したんだから上物でないと困るぜ?


そういった老獣の皮を使用したモノや破けた箇所を修正する為に多重にしたモノは太鼓やタンバリンの皮として再利用される、無論使われる羊の品種によって紙の色調は変化する、一般的には白いものが高級品と言われている、グロリアのソレは―白だったな。


俺と違ってちゃんとした知識を蓄えているグロリア、様々な観点から良質なモノを選んで購入する、きっと店主もあの羊皮紙本の価値を知らないんだろうな、グロリアの提示した額に泣いて喜んでいたし。


「でも何だかムカムカする、どんなに凄くてもどうせ本だろ?俺の方が良いに決まってる」


『……キョウ、ついに無機物にまで嫉妬するようになったんだねェ」


「羊って事は元々は生物だぜ?」


キョウの呆れた声に苛立った返答をしてしまう、グロリアともっとお喋りしたかった、でもお酒を飲みながら熟読しているしあのまま寝てしまうのはバカな俺でもわかる、書物にグロリアと俺の時間を邪魔された。


ぷくぅ、頬を膨らませてキョウに抗議する、しかしキョウは何でも無い事のように囁く、俺の耳元で甘ったるい蜂蜜を思わせる声で、粘度があり糖度がある声で優しく優しく囁く。


『だったらその本、燃やしちゃおうよォ、んふふ、魔法で守られていても錬金術の炎なら燃やせるでしょう?』


「あ、え、でも、グロリアが楽しみにしている本だし」


『でも、その本にグロリアが取られちゃうよォ、んふふ、悪い子になりなァ』


囁きは魔性の魅力を持って俺を翻弄する、グロリアはあの本を読むのをとても楽しみにしていた、俺から見たら小難しい事が書かれているだけの小汚い本なのにグロリアはソレを俺よりも優先した。


キョウの囁きは俺の本心でもある………だって俺自身がキョウなのだから、眩暈がする、深呼吸しようとするけどそこで止まる、呼吸ってどうするんだっけ?今してる?キョウの囁きのせいで何処かがおかしい。


俺はグロリアの前では良い子でいたいのに、どうして邪魔をするの?


『んふふ、グロリアがキョウに興味を失っちゃうよ、燃やさなきゃ、燃やさなきゃ』


「でも、悪い子になるのは……嫌われる」


『嫌われないよォ、そこにあるファルシオン、沢山生き物を殺したとてもとても凶暴な剣、キョウは嫌い?』


「嫌いじゃ無い、だ、大事」


『そう、好きな相手に幾つかの汚点が見付かっても好意は反転しない、だから燃やそう』


「どう、して、そんな風に言うの、俺、やだよ」


『そうじゃないでしょ?ふふ、本当に嫌なのはあんな紙風情に奪われるグロリアとの時間……羊皮紙、死体にグロリアを奪われるよォ、可愛い可愛いキョウより畜生の死体の方がグロリアにはお似合いなのかなァ』


「お、おれ」


『大丈夫、見付から無いように処分出来る方法を教えて上げる、キョウは悪く無いよォ、悪いのは私とグロリアと羊の死骸』


「う、うん」


キョウが言うなら間違いない、そ、そうだもんなァ、あんなもの死体だ、どれだけ丁寧に仕事をしていようが死体で死骸だ。


グロリアの綺麗な指が触れて良い物じゃない。


『そう、そうやって罪悪感を消していこうねェ、そうすればキョウももっと楽になるよ』


う、ん。


わかった。

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