第294話・『残酷キクタ、冷酷キクタ、それでも勇者』

自分が生まれた理由を探す、元々は名のある魔剣だった、魔王軍の幹部の持ち物として人間を殺し街を破壊し世界を蹂躙した。


持ち物は主を選べない、そして剣は生物を殺す為にある、故に使用方法は間違っていない、故に何も疑問は思わない、血肉を得るのは大好きだ。


しかしそこに現れたのは歴代最強と言われる勇者、涼しい顔をしたエルフの少女、幼い、そして覇気に満ちている、圧倒的なオーラ、誰も彼もが彼女に心酔しているのがわかる。


仲間たちが彼女に向ける視線は憧れのソレ、一人だけ違うのがわかる、愛しさと忌々しさ?矛盾する視線、そして自分の主は勇者に敗れた、断末魔、そして地面に突き刺さる我が身。


勇者はそれを軽々と拾い上げる、魔剣特有の主を侵食しようとする魔力の波動も軽々しく弾く、透き通った魔力、彼女は自分を軽く振るうと『この魔剣使うか』と何でも無い事のように呟いた。


それから様々な場所を旅をした、ついこの間まで人間を斬り殺していたのに今は魔物を斬り殺している、道具ってのは因果な商売だ、殺す相手を選べない、使う相手も選べない、何もかもを選べない。


勇者、キクタは不思議な少女だった、勇者は神に選ばれ存在、しかしそんな事は心底どうでも良いって感じで振る舞う、魔王軍との戦闘も事務的に淡々とこなす、そこに憎しみもなければ怒りも無い。


魔王軍に壊滅させられた村を見ても『このまま野宿しよう』と死体を埋葬せずに呟く、勇者ってこんなんだっけ?魔剣として僅かに芽生えた自我が矛盾を吐き出す、勇者ってのはもっとこう、うん、こんなに事務的か?こんなに冷酷か?


優しさが無いわけでは無い、仲間の怪我は心配するし気遣いも出来る、だけどそれに感情があまり含まれない、人間離れしている、あまりにも人間離れしている、俯瞰?それとも仙人?こんな人間がいるのだろうかと狼狽える。


魔物を殺して旅は続く、主のキクタを観察する日々は続く、キクタは魔剣に芽生えた自我に気付いているのだろうか?気付いている、時折視線を感じる、人間が虫を見るかのような視線、完全に見下されている、観察しているつもりが観察されている。


気持ちが悪いとは思わないのかな?見下されているのに何だか嬉しい、見下す主を見上げる、しかしその日々は終わりを告げる………主が聖剣を手に入れた、勇者の聖剣、なので自分はお払い箱、道具が道具の使命を終えるのにありがちなより良い道具の出現。


そもそも自分の能力は無機物に生命を与えるモノ、しかも禍々しい魔物として、勇者の持ち物としては不釣り合いだ、だけど悲しい、魔剣の古都の中央にある空間の歪みに封印される、魔剣として強力過ぎるとそれだけの理由で、だけど楽しかったし嬉しかった。


最後の一日、封印される前日、キクタは相変わらず魔物を殺す、聖剣はまだ不慣れとギリギリまで自分を使う、このままずっと自分を使ってくれたら良いのにと何処かで思う、不釣り合い、身の程を知れ、そんな事はわかっている、しかし道具としてのエゴだ。


その日は少しだけ違った、大きな月の光が刀身を濡らす、淡く輝く我が身、キクタの旧友があの一人の少女の名を呟く、どうして少女とわかったのか?その話の前後がまあ……同性愛について魔剣が語る事は無い、魔剣が思う事は無い、しかも主の個人的な事だ。


しかし何より驚いたのは主の、キクタの表情だ、あれ程に冷酷であれ程に事務的であれ程に機械的だった少女が笑う、優しい笑み、あああ、違うのだ、キクタは違うのだ、キクタの感情はその一人の少女に向けられていて他者に分ける程の余裕が無いのだ。


たったそれだけの事だったのだ、キクタからすれば仲間が増えようが魔剣が聖剣になろうが全ての事柄はどうでも良いのだ、その一人の少女が幸せであるのならどうでも良いのだ、自分の悩みや痛みすらどうでも良い、ああ、この人にそれだけ愛される少女が妬ましい。


それと同時に羨ましくもあり愛しくもある、どうして、愛しい?自分に芽生えた感情に疑問を覚える、そうか、勇者の魔力の影響下で自分も変わった、完璧な自我を手に入れた、しかしそれだけでは無い、キクタとしての感情も得た、無機物に命を与える力が勇者の影響下で変質した。


主を想う気持ちと主の紛い物として想い人を想う気持ち、自己矛盾を抱えたまま封印される、あああ……『キョウ』か、覚えた、覚えた、主に感情を与える魔法の言葉、自分に自我を与えた魔法の言葉、闇に飲まれながらそれを何度も反芻する、別れ際、そう自分が認識している僅かな時間。


主が何かを、キクタが何かを囁く。


『もう使い物にならないんだ、せめてキョウの、ふふ』


見下す、主が、キクタが、自分を見下している。


その頬は桃色に染まり、その台詞は勇者の台詞では無く、ああ、やはりこの人は―――――どうでも良いんだ。


選ばれた勇者の癖に勇者の振りをしている、キョウしか見えていない、キョウの為のキクタが仕方無く勇者の振りをしている。


英雄になってキョウを幸せにする為に。


―――きょう、きょうを、みてみたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る