第292話・『一人で死にたくないと、一人では死にたくはないと』

今までのどの蜘蛛の巣よりも巨大で威圧される、その中心に佇む少女は鼻歌をしながら空を見上げている、見上げているはずなのだが自分の蜘蛛の糸で空を覆っている、おバカ?


呵々蚊は既に常軌を逸した状態にある、俺の首元に形の良い鼻を当ててスンスンスンと匂いを嗅いでいる、瞳は愛情で濁っている、長い睫毛がサワサワと首筋に当たる、俺は腰を下ろしながら溜息。


こちらに気付いているのか気付いていないのかギリギリの距離で相手を見る、キクタだな、キクタではあるな、魔剣が主人の姿になるなんて聞いた事が無い、微かに俺も狼狽えてしまう、戸惑ってしまう。


ふと視線が絡む、それに反応するように呵々蚊が邪笑を浮かべる、ほらほら、あれだぜ?お前を俺から連れ去った、ざざ、連れ去ったって何だよ、自分で自分の言葉が理解出来ずに首を傾げる、何の記憶だコレ?


まず最初に思うのは初雪を思わせる白い肌、グロリアや俺の肌が白磁の陶器を思わせる代物だとしたらこちらは自然物である初雪のような儚さを思わせる肌だ、暗闇に浮かび上がるその白色は何処までも清らかで聖域のような神聖さを含んでいるのにどうしてか不気味な物のように思える。


大きくまん丸い瞳は青みを強く含んだ紫色、春風の到来を告げる花を連想させる菫色だ、睫毛はくるんと上を向いていて眉毛も綺麗に整っている、髪は少し癖っ毛でここまで完璧を極めた美貌に一点の隙を与えている、それがアクセントとなって愛嬌もきちんと備えている。


真っ白い髪は老婆のそれとは違い若さを含んだ美しさを象徴している、そしてエルフ特有の尖った耳、愛嬌も美貌もあるのにどうしてここまで不安になる。


「スモグリ、キクタの姿をして、どうしたナー」


「あら、呵々蚊じゃない、こんな所までご苦労様、主人の姿になった理由なんて知らないわよ、気付けばこの有様よ」


「どうして封印された空間から抜けだして魔剣を魔物化させてるナー?」


「キョウはエルフライダー、エルフ以外にも生き物を捕食するでしょう?魔剣のままだとキョウが食べれないじゃない」


「ああ、キョウの餌を生産してキョウが来るのを待っていたナー」


「中にはエルフ専用の魔剣もあったからね、その魔物ならキョウの体調を変化させずにお腹を膨らませる事が出来るでしょう?それだけよ」


「思考回路もキョウ一色とは、キクタにそっくりだナー」


「それよりも、後ろにいる素敵なお姫様はキョウよね?実際には会った事が無いけど確信している、アタシの中のキクタが彼女を欲しがっているわ」


「やるわけねぇだろ、殺されたいのかナー」


俺の首筋の匂いを嗅ぎながら凄む呵々蚊に苦笑する、中毒者、こんなに可愛いロリが俺に夢中なのは何だか笑える、そしてあそこにいるロリも俺に夢中だ、ロリ同士で殺し合いをしてみせてよ?


紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる、それを撫でてやりながら俺は優しくキクタモドキに微笑む、一瞬で真っ赤に染まる顔、そうやってお前に優しくする事で嫉妬に狂う獣がいる。


眉の上で一文字に切り落とされた前髪、腰の辺りで同じように直線に切られた髪、全てが整然としていて面白味は無い、光沢のある髪が鮮やかに輝いている、東の方では親しまれた色合いだがこちらの大陸ではどうなのだろうか?


紅染を基本としてその上に檳榔子(びんろうじ)で黒を染み込ませる事で完成される色、手で触れてみるとサラサラと流れて気持ちが良い、やや過呼吸気味だが良い塩梅だ、ふぅふぅふぅ、息が熱い、熱がある、俺を置いて行かないよな?


明るく濃い青紫色の瞳は本来なら全てに対して達観しているような薄気味の悪さがある、年齢は10歳ぐらいなのにその瞳の奥にある知性や経験が僅かに表面に出てしまっているのだ、しかし今は獣だからな、瞳孔が開いてしまって常軌を逸している。


二藍と呼ばれる色合いをした瞳が獣のソレに成り下がるのを見て満足、紅、または紅藍(くれない)とも書かれるその色に藍を合わせた事で二つの色合い=二藍と呼ばれるようになった、肌の色はやや褐色寄りだが地色は白色だ、うふふ、可愛い♪


鼻も口も小さく整っていてお人形のようだ、そう、俺だけのお人形さん、洒落っ気の無い青い作務衣は幼い姿に良く似合っている、草鞋で何度も地面を蹴るようにして太ももを擦る、そろそろ、か。


「呵々蚊?もう限界?」


「はぁはぁはぁ、き、キョウ、キョウ、良い匂いナー、はぁ、お、女の子の匂い、穢れの無い女の子の匂い」


「まだ嗅ぐ?」


「キョウ、キョウ」


「み、耳朶の裏は止めてくれ、恥ずかしいぜ」


「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」


「そうか、でもあいつはお前から俺を奪おうとしてるぞ、また俺を置いて行くのか?」


「あ」


「―――――――もう一人で死にたくないよ、助けて呵々蚊」


魔法の言葉を囁く、殺気が膨れ上がる、憎悪が世界を染める、瞳孔がさらにさらに大きくなる、俺という光を得る為に。


見せてね、キクタの形をしたアレを殺す所を。

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