閑話166・『冬に告げる、春は明るい?』

流石に雪が降り積もる時期にキョウくんを一人置いて行くのは抵抗があるですよ、春になれば事情を説明してここを暫く去ろう。


もはやここは悪蛙の帰る場所になっているのです、山の中にある小さな建物……今の人類にはまだ早い技術、プレハブ工法で建てられている。


プレハブ工法は製作場所での品質管理の下で部材を生産するので品質が安定していて高い精度を確保出来る、さらに建築現場での作業が著しく軽減されて工期がかなり短縮される。


この建物に使われる素材はそれでいて厚みがあって寒さを遮断する特殊な構造をしている、簡易な建物とは思えない頑丈で堅牢な構造、これもまたキョウくんを溺愛する主の仕業だろう。


だけどここに実際に住んでいるのは悪蛙とキョウくんだ、『彼』では無い、自らの創造主を『彼』と言うのに抵抗が無い、愛を得て主の異常性を知った、勇魔は異常だ、キョウくんを自由にしてあげて。


「結構降るな、今日も狩りには行けないかもな………罠の確認だけしときたい、沼に放り込んだ仕掛けの具合をなー」


「……それはわかったから急に抱き付くんじゃねぇですよ、びっくりしました!」


「好きな女に抱き付くのに理由はいらねぇだろ、寒いし」


「この建物の中は寒くねぇです、快適ですよ?………キョウくんは甘えん坊ですから、もし悪蛙がいなくなったらどーするですよ」


「大丈夫、いなくなったら追い掛ける」


「………ほ、頬を寄せるなです」


「お前のほっぺは何だ、ケツ見たいにプニプニしやがって、ん?だったらお前のケツはほっぺ見たいにプニプニしてんのか?おい、ちょっと触らせて――」


「ぶん殴るですよ」


プレハブ工法の特徴は大量生産によって低コスト化を図る事が可能な点だ、さらに容易に解体出来る構造になっていて『数年の一人暮らし』が終わればすぐに解体して証拠が消せる。


画一的なデザインは仕様として仕方が無いがこの建物は知識が無い人間からしたら普通の山小屋にしか見えない……欠点もあって構造形式にもよるが間取りの自由度が低くて増改築が困難だ。


小屋の中は悪蛙の努力で整理整頓されている、トイレや水場の用意がある上に自炊が出来るように暖炉も完備されている、暖炉とオーブンの二つの機能を持つペチカと呼ばれる設備だ、中々に重厚な姿だ。


ここで生活してどれだけの時間が経過したかは定かでは無い、この幸せに溺れるようにソレを考えないようにしている、主の掌の上で踊らされていると自覚しながらも主を出し抜くチャンスを狙っている。


春先になると主は必ず一人で何処かへと行く、長期的に姿を消すのだ、城の警備をする使徒も開発時期が後期の者ばかりになる、それはチャンスだ、その時にキョウくんの事を探るとしよう、部下子の事もですよ?


悪蛙の大切な人を二人も利用して何を企んでやがるのですか。


許せない。


「アクは俺を捨てないよな?」


「は?置いて行くでは無くて、ですか?」


「捨てないだろ?」


両腕で悪蛙を締め付けるようにして抱き締めるキョウくん、力強い、だけど使徒の肉体に痛みを与える程では無い………それ以上に言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる………誰が誰を見捨てるのだろうか?あり得ない。


爛々と光るキョウくんの瞳には確かな狂気が宿っている、悪蛙を自分のモノにすると出会い頭に口にした時と同じだ、置いて行くでは無い、捨てる、悪蛙がキョウくんを捨てるわけ無いのに、そう、部下子だって。


だったらその不安は何処から来ている?少しだけキョウくんの心の内にある闇が理解出来たような気がする、悪蛙や部下子に出会う前?それが今のキョウくんを構成しているの?だとしたらそこにヒントがある、主を出し抜く為のヒントがっ。


つまりは過去を調べ尽くせと?上半身と下半身が一続きになった黒塗りのローブ、上衣とスカートが一体化した形状の薄緑色のローブを握り締める、部下子と同じローブだが彼女が地味な色合いを好んだのとは逆に悪蛙は明るい色を好んでます。


暗い色よりは明るい色が良い、暗い過去よりは明るい未来が良いですよ。


「春になったら少しだけ遠出をするのです、悪蛙一人でですよ?」


「――――――――――お前」


「必ず戻って来るです、それとも、夜中に一人で寝るのが怖いのですか?まさか、男の子が?」


「な、何だとぉ」


「悪蛙の男の子はそんなに弱虫では無いのですよ、わかりますね?」


「………しないと駄目な事なんだろ、目を見たらわかるぜ、でも、俺は―――」


「春までまだ時間はあります、それまで片時も離れずにずっと一緒にいましょう、今のように」


「帰って来てもだ」


「ふふ、わかったですよ」


悪蛙は貴方を捨てない。だからどうか。


悪蛙がどうなっても、悪蛙を捨て無いで下さいね?


『死んでしまっても、捨てないぜ』


声が聞こえた。

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