第287話・『可愛いと言われないとぶうぶう言う豚さんが主人公』
妊娠したみたいだ、また赤ちゃん産みたいなァ、プライドが高くて孤高で綺麗な奴、そんな奴がいたら触手で引きずり込んで俺の娘にしてやろう、ニッコリと笑う。
立ち上がりながらお尻を叩く、血に溺れて死臭に溺れて腐臭に溺れて軽く溺死していたようだ、ぷはぁ、息を吐き出すとあり得ない臭さ、まあ、死肉を食えばこうなるか。
差し出されたハンカチはカシミアヤギの繊維で編み込まれた高級なもので一瞬ギョッとする、カシミアヤギも育てて見たかったなァ、農民であった頃の懐かしい夢、いやいやいや、ドラゴンライダーだぜ?!
カシミアヤギは俺の生まれ育った辺境のような寒暖が極端に厳しい環境の下で生活している、それ故に全身は粗毛で覆われていてその下に柔毛が集中的に密生している、この柔毛を春の初めの毛の生え変わりの時に回収するのだ。
または櫛で丁寧に梳いて集めるやり方もあるが手間が半端では無い、その手間から来る生産量の少なさと飼育環境の厳しさから自然と高価になってしまう、渡されたモノの価値が農民であるが故にわかってしまって手が震える。
「どうしたナー?女の子なんだから身嗜みはしっかりナー」
「お、おう、ふ、拭くぞ、お、俺は拭くぞ」
「ど、どうぞナー……………変なキョウナー」
「う、うぉおおおおおおおおおお、す、すいませんんんんん」
「涙しながら顔を拭いてるナー………わけがわからないナー、ふふ」
異様に細く密度が高いのが特徴的なカシミアヤギの毛。暖かく保湿性にも優れていて品のある光沢と触れると自然と指が流れるような肌触りが最大の特徴だ……その反面でカシミヤで編まれたハンカチは水分に弱く収縮し易くシミになる可能性も高い。
繊維が異常に細かいので毛玉にもなりやすくほつれやすい、さらに虫の被害にも気を付けないと駄目な素材なので定期的な手入れが必要になる、保管方法にも最新の注意を……そんな素敵な素材で出来たハンカチで腐敗した血肉を拭いて良いのか?
繊維の宝石とまで呼称されるソレで?しかし後悔をしてももう遅い、もう拭いちまった、拭いちまったぜ畜生。
「あ、洗って返す」
「ああ、そのまま捨てたら良いのに、代えはまだまだあるナー」
「洗って返す!」
「うわ!?そんなに凄まなくてもっ、わ、わかったから、落ち着くナー」
「しかしカシミアヤギの繊維か……ん?この蜘蛛の糸も売り物になるんじゃないか?粘着力は水で洗えば取れるだろうし」
「まあ、売れそうではあるナー、獲物の魔力を吸収する糸だなんて何に使うナー」
「それこそハンカチに加工して魔法による呪いとか傷を拭けば良いじゃん、悪い魔力も良い魔力も関係ねぇからさ」
「おお、キョウは頭が良いナー……確かに、そうやって見ればコレは宝の山ナー」
「美味しい死骸はもう無いし、こいつをグロリアの土産にするかな、ひひ、その魔剣を躾けて永遠にこの糸を吐き出させてやる」
「ひ、酷いナー……でもキョウらしいナー、ふんふん、協力するナー」
「お金持ちになって豪遊しような!エロい女の子を金で釣ろうぜ!」
「……あ、あまりに下卑た思考で少し眩暈が……はいはい、キョウが望むままに」
注意深く蜘蛛の巣を観察する、魔力を吸収する際には淡く発光するようだ、蜘蛛の知識が流れ込んで来る、俺の一部?網を張る為にはまず枠糸を構築しなければならないのだが普通の蜘蛛は出糸突起から糸を吐き出してそれを風任せに大きく展開する。
自分とは反対側の対象物にそれを引っ掛けた後にその糸の上を何度も往復して糸を強化して行く事で基本の枠を構築する、種類によっては川の流れを遥かに越えて網を張る種も存在する、さらに枠の内側に縦糸を重ねる、それが終わると中心から外側に螺旋状の糸をやや雑に張る。
この糸は横糸では無い、その横糸を張る為の足場としての役割を持つ、故に本腰では無く雑に張るのだ、それは足場糸(あしばいと)と呼称されるもので粘着性は皆無だ、足場糸の構築が終了すると今度は外から内に横糸を丁寧に引き始める、ここでは異様に細かく作業をこなす。
横糸を構築する際に蜘蛛は縦糸に出糸突起を絡ませる、そして糸を絡ませると中心に向かって進む、先程作った足場糸に絡ませて外側へ針路を変える、その後に縦糸に糸を絡ませる作業を動作を何度も何度も何度も行う、その作業中に足場糸が横糸を張るのに障害になると分かったら切断して処分するか自分で食べてしまう。
その作業を延々と続けることで足場糸は全て切り捨てられるか蜘蛛のお腹の中に納まる事になる、最後に細い横糸が密集するように張られて完了だ 普通の円網を構築するのに大体一時間あれば余裕だろう、この蜘蛛の化け物に関してはその常識が当て嵌まるのかかわらない。
「俺にわかるのはこの糸を加工して売れば、うひひ、って事だけだ」
「キョウ?」
「うひひ……はっ?!可愛い俺じゃ無かったぜ!」
「そうだナー、場末の飲み屋のおっちゃんのような笑みだったナー」
「え、可愛いって言えよ」
「………敵はこっちナー」
「可愛いって言えよ!」
場末の飲み屋のおっちゃん可愛いだろうが!
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