第286話・『ウジ虫もたんぱく質だと確信するお姫様』
一般人が見たら奇行と思うだろうか?いや、奇行ですら無い、巨大な蜘蛛の巣で捕食された生物の死骸を貪り喰う、ハイエナのような卑しい姿。
キョウの視線は定まっていない、動きも挙動不審だ、時折周囲の状況を確認する為に上半身を持ち上げて辺りを見回す、原始的な生物の動き、人間が人間になる為に捨てた動き。
ウジ虫が湧いた人間の腕に齧りつきお尻を振る、その動きには性的なアピールがある、触れようとすると一瞬鋭い目つきで睨まれる、左右の違う色合いの瞳がゆっくりと細められる。
戦士か剣士かソレはわからぬが刀傷による古傷が残る太い腕、しかし腐敗が進んでブヨブヨに膨らんでいる、それを美味しそうに食べるキョウ、もはや血とも呼べない汚物を垂れ流しながら口一杯に肉を含む。
「生きる為にキョウが食事をしている………嬉しい、嬉しいナー、もう殺してって言わない………そんなに急がなくても誰も取らないナー?」
「ぶじゅるる、ふひ」
「可愛い……夢中になって、何て卑しい、何て浅ましい、何て愛おしい、大好きな人が生きる為に死肉を貪る姿ァ、キョウ、呵々蚊の可愛いキョウ」
「んふふふ♪そぉだよぉ、呵々蚊『の』キョウだよ、おいし」
「う、嬉しいナー、ゆっくり良く噛んでお食べ、強い戦士の腕はきっとキョウに恩恵を与えてくれるナー」
「そんなのしーらない♪おいしーからたべるんだもん、呵々蚊は好きだから一緒にいるのぉ、それって素敵な事でしょう?」
「す、素敵な事だナー、す、好き………呵々蚊を好き………好き、キョウが………好き、呵々蚊を好き」
「感謝しろよォ、ぶしゅる、おいし」
「ぁぁ、してる、してるナー、ありがとうキョウ、ありがとうございます……呵々蚊を好きでいてくれて、呵々蚊を好きになってくれて………呵々蚊を思い出してくれて、愛している、キクタよりも、誰よりも」
「あはぁ、口説かれてるなぁ、おれぇ」
死肉を貪る獣は怪しい笑みを浮かべて呆けたような視線を向ける、口の周りはウジと膿塗れなのにその美しさに恐怖する、生きる為に呵々蚊の前で食事をしている、それは呵々蚊にとって何よりも嬉しい光景だ。
死んだキョウ、殺してと言ったキョウ、あの路地裏で飢えていたキョウ、その全ての事実を払拭する幸せな光景、骨まで噛み砕き全てを栄養とする、その指に嵌っていた特別な意味を持つ指輪もゴリゴリと奥歯で噛み砕く。
魔物の細胞が活性化しているのか瘴気と死臭に塗れている、一般人が見たら発狂して嘔吐して失禁するであろう光景、キクタの魔剣であるスモグリの気配が遠くで濃くなるのがわかる、キョウに共鳴するように気配が濃厚になる。
キクタの写し身の分際でキョウを欲しがるなっ、この人は、この人はっ、この女の子はっ、ずっとずっとずっと昔から呵々蚊の一番大切なお姫様だった、ノミに塗れようが泥で塗れようがやせ細ろうがお姫様だった、誰にも渡さない。
キクタにも渡さない、オリジナルのキクタにも渡さない、お前なんて目じゃない、本物を連れて来い、お前のような程度の低いゴミがキョウに干渉するなっ、オリジナルのキクタでなければ意味が無い、魔剣風情がっ、ゴミ虫がっ!
「おいし、おいし、おいしぃ、おいしいのすき、まずいのもすき、おなかふくれるからりょうほうすき」
「好き嫌いをしないキョウは偉いナー、尊敬するナー」
「んへへ、ほめてほめて」
「偉い偉い、良い子良い子」
「んへへ、撫でて撫でて」
「癖ッ毛で可愛いナー、指に絡んで気持ちいいナー、素敵な髪だナー」
「んへへ、食べる食べる、見てて、みてて!」
キョウは満面の笑みを浮かべて片手を上げて宣言する、その仕草一つ一つが愛らしくてつい笑ってしまう、こうやって何かを確認したり視線を外さないように懇願するのは自分に自信が無いからだ。
口では偉そうに振る舞ってもキョウには自信が無い、それは過去に起因する、路地裏で震えて死んだ一人の少女、学も無く何も無く友人たちからは見放されたと思い込んで死んだ……自分に自信が無い、愛される自信が無い。
先程のキクタと呵々蚊の関係を疑っていた言葉でもそれがわかる、あああ、そんな弱々しい一面もあるキョウも素敵、一生大事にしてあげないと、いや、生を終えても大切にする、生死をまた凌駕して見せる、貴方の為に。
何時だってそう、呵々蚊がキョウの為に無茶をするのは当たり前の事、そうすれば彼女の笑顔を見れるのだから。
「ちゃんとみてる?」
「食べ終わるまでちゃんと見てるよ、ナー」
「それならよーし」
ずっと昔からずっと見ているよ。
これからも。
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