閑話165・『悪蛙と蜂蜜酒』

部下子の大切な子供、我が子のように慈しみ我が子のように愛した、そんな彼が悪蛙のモノになってどれだけの時間が経過しただろうか?


正しくは悪蛙が彼のモノになってか?互いに所有している事実は変わらない、自分が人工的に生み出されたどうしようもない生命体だと自覚している、人の群れには混ざれない。


キョウくんはどうなんだろうか?……部下子の姿になって笑っていたあの姿が浮かぶ、使途を模倣する??いや、使途を捕食した?そのような生命体が人間の群れに混ざれるわけが無い、使徒以上に。


それは全て勇魔の仕掛けなのだろうか?監視されている事実も知っている、部下子はその為に生贄にされた?だとすれば使徒そのものはキョウくんの為の餌に過ぎない?妄想は加速する、やがて自分なりの真実に辿り着く。


それでもこの人と幸せになりたい、部下子を裏切る事になろうとも他の使途を殺す事になろうとも主を消す事になろうとも、芽生えた感情はこんなにも温かいのにそれを護る為なら何処までも心が鋭利になる、どうして感情なんて与えたのだろう?


「ほれ」


「うひゃあ!?」


「怖い顔してたぜ、温めた蜂蜜酒、飲むだろ?」


「ほ、頬っぺたにいきなりくっ付け無いで下さいですよ」


「そりゃすまん」


「も、もぉ、そうやって適当に謝るのを女の子はわかるんですよ、全く、悪蛙だから許してやるのですよ」


「それこそすまん、わはは、あまりウジウジしてるとウジ虫になっちゃうぜ」


「な、何ですかソレ、うぅぅう、ウジ虫は嫌いです、怖いのです」


タンブラーグラスを受け取りながら軽く震える………虫はあまり好きでは無いのですよ、シリンダー形の透明なグラスなのだがキョウくんが作製したものらしくやや形が歪だ。


食器やグラスまで手を出しやがったですか、辺境暮らしとはいえそのスキルに戦慄する、結婚したら家事も全てしてくれそうで怖いのですよ、お、奥さんにだって仕事は必要ですからね!


粘度のある蜂蜜が水に薄められてもがいている様を見ながら口に含む、美味しい、蜂蜜を原材料にした蜂蜜酒はワインなどよりも圧倒的に古く一万年以上前から存在するとされた人類最古のお酒である。


一万年前、その時代に勇者はいて魔王はいたのだろうか?ふと疑問が過ぎる、この世界はあまりに歪だ、このタンブラーグラスのように、ある時代から過去の情報が全て消されている、意図的に、そう意図的にだ。


グラスに映った自分が恨めしそうにこちらを見ている、自分の容姿にはやや自信がある、鴉(からす)の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪は部下子と同一のものだ、肌は白でも黒でも無い中庸の色をしているが張りがあって触り心地は最高ですよ!


瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色で主の趣味、一切の光を映さない黒色は世界の淵のように絶望的だ、普通の人間が見たら気持ち悪いと思うんでしょうか?キョウくんの反応は薄いですが、つか薄過ぎですよ!そして綺麗とか言って口説くのも無しですよ。


髪型は毛先軽めの黒髪ボブです、ふふん、内側からの毛量調節でボブっぽさを残して重たくならないようにしてるです、前髪を軽めにしておかっぱ風にならないように苦心しました、毎朝気合いをいれて仕上げてるのでキョウくんには笑われています、乙女の嗜みです。


「最近考え事をしているのが多いけどさ、何かあったか?」


「あ」


ありましたですよ、ありまくりですよ、キョウくんが部下子の姿に変化した時のショック、何よりも驚きだったのがどれだけ言葉を重ねてもキョウくんがその変化を理解出来無い事だ、何度も何度も説明しても全く理解出来ずに悪蛙の言葉を忘れる。


それは誰の仕掛けなのだろうか?忌々しいです、舌打ちをするとキョウくんが意外そうな顔でこちらを見る、お行儀悪くてすいませんですよ、だけど愛しい貴方の事だから苛立ちで態度も悪くなる、少し頬を染める、恥ずかしい、舌打ちだ何てっ!乙女なのに!


「アクって何時もお上品だからな、何だか新鮮で可愛いぜ」


「な、なななな、何ですと、ですよ」


「可愛いですよ、ですよ?」


「はぅうううう」


「わはは、可愛い可愛い」


「れ、連呼はダメなのですよ!」


「レンコンは好きだぜ」


「脂質と脂溶性ビタミン類が殆んど無いレンコンですよ!」


「そ、それでも好きだぜ、冗談を本気の知識で潰すんじゃねぇーぜ……アルコールが入って、少し元気になったな」


「あ……ありがとぉ、ですよ」


「お、おう」


優しいキョウくん、この人を利用して支配しようとしているのが悪蛙の主。


勇魔の城に一度足を運ぼう、部下子の事やキョウくんの事を調べたいのです。


「やっぱりアクは笑ってる方がいいぜ」


貴方にこそずっと笑っていて欲しい。

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