第280話・『おかえり』

キョウの異変を感じ取って近付く、その口から吐き出されたのは『憎い』と『恨めしい』だった、それですぐさまに理解する。


キョウの中の彼女が口にしているのだとすぐに理解する、キョウと彼女は同一人物だ、キョウの中に女性体のキョウがいるようにかつてのキョウが存在している。


自分とあの路地裏の中で育ったキョウ、そう、忘れていた、今のキョウがあまりに無垢に懐いてくれるから愛してくれるから罪を忘れていた、忘れようとしていた。


しかし彼女はキョウなのだ、キョウは彼女なのだ、どれだけ目を背けても逃げられるモノでは無い、受け止めるしか無い、そして受け止めたい、愛する人の憎悪を受け止めたい。


キョウは彼女、彼女はキョウ、一人の人物、一つの魂、何処かで安堵する、自分を愛してくれた今のキョウはあのキョウなのだ、そして同時に恨んでもいる、憎んでもいる。


壁に手を当てて荒い息を吐き出すキョウ、涙を流しながら睨む………周囲の全てを睨む、それはそうだ、彼女を見捨てた存在が目の前にいるのだ、今のキョウにはそれが理解出来ていない。


「憎い、恨めしい、二人で、二人で幸せになって俺のことは、おれのことはわすれて、そとのせかいで、あぁ、ん?」


理解せずに吐き出された言葉は彼女の本音だ、ああ、呵々蚊とキクタの関係を疑っていたのか?おバカ、キクタにはキョウ以外の人は有象無象に見えるのに、何て可愛い嫉妬。


何て悲しい最後、そう、そうだったの、ごめん、そうやって死んだんだ、ごめん、ごめんなさい、あのまま三人一緒にいれば良かったのに愚かだったのは自分たち二人だ、あまりにも愚か過ぎた。


外の世界にあの路地裏より素敵なものがあると確信していた…………色々な場所に行った、様々な人に出会った、かけがえのない友人にも出会った、でもね、キョウより大切なモノなんて見付けられなかったよ。


魔王を倒して旅を終えて戻ったのに、そこには何も無かった、君を幸せにしようと思った、キクタに無理なら自分が幸せにしようと思った、あいつはどうせ何処ぞのお姫様と結婚させられる事になる、本人が望まなくても周囲がそうする。


勇者様なのだから、でも自分は違う、でも大丈夫、呵々蚊はキクタと同じように、キクタ以上に君を愛している、外の世界に触れてそれが確信に変わったのだ、だから告白しよう、同性だけど、子供同士だけど、それでもいいじゃないか。


だから、どうして、躯に、ああああああああああああああああああああああああああああああああ、世界が、自分が、キクタが憎い憎いっっ、どうして、ああ、どうして、レイは何をしていた、ぁぁ、可哀想なキョウ、あの路地裏しか知らなかったキョウ。


あの薄暗い、あの小汚い、あの悪意に満ちた路地裏でそれでも自分たち二人がいれば幸せだと、それなのに、見捨てたのは自分とキクタ、勇者とその仲間?バカを言え、バカを言え、死ね、死んでしまえ、キョウを救えなかったお前達は死んでしまえ。


死ね、キクタ死ね、死ね、呵々蚊死ね、死ね、レイ死ね、生きて、キョウ生きて、生きて生きて生きて生きて、生きていて、お願いだから、貴方が、君が、存在しない世界はあまりに殺風景で色が無くて絶望する、ああ、外の世界も君がいると思えたから美しかった。


あの路地裏の隅で、ちょこんと座って、はにかんでた、呵々蚊のお姫様、キクタとレイからどうしても奪い去りたくて、その手を引いて、ぁぁ、もういない、もう取り返せない、もう、この世界はいらない、呵々蚊もいらない、死んでしまえ。


だけど、もう一度だけ出会えるなら、呵々蚊の事を忘れてても良い、呵々蚊を殺しても良い、君に会って言いたい言葉がある、ずっと言えなかった、そうだ、言えなかったまま君を失ってしまった……圧倒的な現実にかき消されてしまった言葉がある。


涙を流しながら恐慌状態にあるキョウ、それでいて極限状態でもある、息は荒く瞳孔は開き切っている、美しいキョウ、しかし今は全てに怯える悲しい魔物、牙が無いのに、爪が無いのに、涙だけがそこにある、悲しい生き物、呵々蚊とキクタの罪の証。


呵々蚊とキクタの愛の終わりでもある。


「ふ、ふたりで、おれだけ、もどってくるって、うそつき」


「ああ、キョウ……そうナー」


結局、最後に吐き出されたのは優しい言葉…………憎しみも恨みも消えて、戻って来ると、あの路地裏で待っていてくれたのに、ごめんね、ずっとあそこにいたんだね、それなのに、それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろうか。


大好きだったのに、愛していたのに、奪いたかったのに、奪われてしまったのだ、そしてもう二度と戻って来ないと確信していたのに、キョウはそこにいる、あの日のキョウはそこにいる、嘘つき、ふふ、そうだよ、こんなに酷い嘘つきは見た事が無い。


抱き締める、何度叩かれようが噛みつかれようが抱き締める……………血が滲む、骨が軋む、肉が裂ける、愛情を伝える、もう大丈夫、何時だって憎い呵々蚊が殺せるよ?何時だって恨めしい呵々蚊が殺せるよ?何時だって嘘つきの呵々蚊を殺せるよ?


もう二度と君を失わない、もう二度と君を離さない、ここが自分にとってのあの路地裏だ、キョウ、好き、好きだよ、君がどれだけ呵々蚊を恨んでもどうしようも無いんだ、本当にクズなんだ、好きになる資格なんて無いのに不思議だね、許して。


「帰って来たよ」


ずっと言えなかった、キョウが止まる、わなわなと震える。


ずっとずっと、ごめんね。


許さなくて良いよ。


「ただいま」


「おか、えり」


笑ってくれてありがとうキョウ。


呵々蚊を愛して憎んでくれてありがとう。


君を、世界で一番―――――――――――――。

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