第279話・『ただいま』

楼閣?近付いて見て疑問が湧く、聳え立つソレは人工と自然が入り混じっていて何なのか形容し難い、ガジュマルの化け物が塔と思われる物体に絡み付いている。


人工の壁はその隙間から僅かに見えるだけ、耐陰性はあるが日光を好む性質で光量が不足すると徒長しやすい、手で叩いてみる、入口は何処だろうか?僅かに魔力の気配が流れて来る。


一部の能力を使う事を一つだけにしなさいと禁じられたがまさか全ての能力が使えなくなるとは!それもこれも俺がこの中にいるであろうエルフを捕食したくないと願っているからとか、胡散臭い。


呵々蚊の話だとここに例のエルフがいるらしい、ん?魔剣の魔物の親玉もここに?二つの目的が重なる、しかし入口が見付から無くてやや苛立つ、呵々蚊が指さす場所をファルシオンで叩くとガジュマルの根が逃げるように広がる。


そこには真っ暗闇の空洞。


「どーゆー仕組みだぜ?」


「魔剣じゃないと中に入れないナー、ここは魔剣の古都、全てに置いて魔剣が必要なのナー」


「へえ、良かったじゃないかファルシオン、一人前だと認められたぜ?童貞じゃない、童貞じゃないファルシオン」


「カッコ悪い魔剣ナー、入るナー」


「え、童貞の魔剣の方がカッコいいのか?」


「黙るナー」


何だか酷い扱いをされているような気がする、こうやって皮肉を言っている少女が俺に夢中なのを理解している、それが俺を満足させる、どれだけ棘のある物言いをしてもベッドの中では俺に夢中だ。


紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる、触れると指の隙間にサラサラと零れるようなそんな髪質、最高の手触り、室内に入りながら髪の感触を楽しむ、いきなり魔物に襲われたら終わりだなコレ。


「こ、こら、魔物がいる場所でナー」


「いいじゃん、イチャイチャして見せつけてやろうぜ」


「あん、こらっ」


ぺしっ、耳の裏側を指で擦ると軽く喘ぐ、俺も息が荒くなって股を擦りながら頬を寄せようとすると小さな掌で頬を叩かれる、紅葉のような掌………まったく痛くは無い、しかし行為を拒否られた事に不満が生じる。


好きな人とならここで死んでも良いかも?あはは、こいつといると満たされる、ずっとずっと昔に失ったモノが自分から手元に転がって来るような奇妙な感覚、ずっと奪いたかった、あああ、キクタから、あれ、こんな記憶は知らない。


室内は思った以上に広く劣化が激しい、ガジュマルによって崩壊させられる運命にある建物、外側に面した壁は全て細かい罅が入っていて見るだけで気が滅入る、俺達がいる間に倒壊しないよな??不安は残るぜ、でも死ぬ時は呵々蚊と一緒だもんな。


もう、一人じゃない。


「キョウ、どうしたナー?」


「いや、何だか少しおかしい、寒気がする、死ぬ前のような、死ぬ前?死ぬ前って、俺はそんな経験」


「しぬ、まえ?」


「え、あ、いや、何でも無いぜ、どうしてだろうな、死ぬ瞬間を思い出せる、経験した事が無いのに不思議だぜ、そう、誰かを恨みながら?」


「そ、その、キョウ、その記憶っ」


「憎い、恨めしい、二人で、二人で幸せになって俺のことは、おれのことはわすれて、そとのせかいで、あぁ、ん?」


自分で言っている言葉の意味が理解出来無くてついつい首を傾げてしまう、この感情は誰の感情なのだろうか?しかし恨みと憎しみは確かにある、決してそれだけでは無い……そもそも恨みと憎しみが存在してもそれが何に起因するかで状況は変わる。


それは自分を裏切った相手にそれだけの愛情があったからだろう、少し気分が悪くなって壁に手を当てる、うあ、自分自身の記憶でも自分自身の感情でも無いのに俺を苛むなっ、なのに感情は膨れるばかりで制御出来ない。


おえ。


「ふ、ふたりで、おれだけ、もどってくるって、うそつき」


「ああ、キョウ……そうナー」


抱き締められる、振り解こうと体が動く、あ、あれ、さっきまで手を繋ぎたかったのにどうしてこの温もりが、温もりが、こわい?


こわいのがこわいよ。


「帰って来たよ」


その一言で何もかも怖く無くなった。


呵々蚊のその一言で何かが救われた。


「ただいま」


「おか、えり」


その一言で。

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