第275話・『えっちしようよ』

爛々と光る瞳には嫉妬心が垣間見える、しかし根本はそこでは無い、何時でも孤独を抱えている彼女は他者の『肉』を求める。


それは心を埋める行為にはなら無い、必死に抵抗しようとするが恐ろしい腕力でベッドの中へと引きずり込まれる、捕食生物が捕食対象を巣に持ち帰るのに似ている。


骨が軋み皮膚に指が食い込む、皮膚に突き刺さるような鋭い痛み、骨が軋む鈍重な痛み、二つの苦痛が容赦無く襲い掛かって来る、脳が悲鳴を上げている、実際に口から悲鳴が零れる。


キョウの体温を感じる、掌から伝わるのは痛みであると同時に温もりだ、喜びと悲しみ、キョウ、大好きなキョウ、救えなかったキョウ、見殺しにしたキョウ、ごめんなさいごめんなさい。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


ごめん。


「どうして泣いているの?」


「ごめん、なさい」


「キクタと同じだ、俺にはわからない事で俺に謝る、気に食わない」


「ゆる、して、欲しい」


「?許す?……俺が、呵々蚊を?」


両腕を固定されて見下される、シーツの皺が広がって乱れる………捕食者と捕食対象物、愛する自分と愛されるキョウ、それは単純な上下関係より複雑な力の差だ、逆らう気力をどうにか奮い立たせる。


このような関係は良く無い、キョウは口の端から透明な涎を垂らしながらニッコリと微笑む、白磁の肌が炎の色に照らされて橙色に染まる、情熱的な光景に僅かに息を飲む、体格差、幼い体はキョウの体で固定されている。


金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色……黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、炎の色でもその色彩は染められない、癖ッ毛のソレは毛先が遊んでいてキョウのやんちゃっぷりを彷彿とさせる。


髪を片手でクシャクシャとしながらキョウが覗き込むようにして顔を近づける、片手は解放されたがキョウを振り払えるほどでは無い、魔物の細胞を行使しているのか人外の腕力を持って呵々蚊を固定している。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「キクタも呵々蚊もそうやって良く謝るけどさァ、謝る理由も説明してくれ無いで許して欲しいってふざけてんの?」


「ごめ、ん……言えない、言えない」


「そうなんだ?そうやって俺を騙し続けるんだ」


「ひっ」


騙し続ける、必ず帰ると約束していながら必ず護ると約束していながら外の世界に旅立った、外の世界は刺激的で新鮮だった、そう、ひと時だけキョウの事を忘れるぐらいにっ!キクタとの旅は楽しかった、仲間が増えていくのも楽しかった。


だから魔王を倒すまではあの路地裏の思い出を封じた、何時か帰る何時か帰ると口にしながら戻った時にはもう手遅れだった、瞳を小さな舌でいたぶるように舐められる、舌先を尖らせて眼球の裏にある物をほじくり出そうと動かす。


涙なのかキョウの唾液なのかわからない、視界が透明な液体で染まる、透明なのに粘度がある、そうか、唾液か、見えない、そしてさらにその唾液を回収するように舌先が何度も楽しそうに踊る、騙し続ける、その言葉が胸に突き刺さる、深々と。


幻視による血が溢れる、騙され続けたままキョウは死んだ、結局はそれを突きつけられているのだ、キョウの美しい瞳が興味深そうに細められる、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、太陽と夜。


左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。


「許して欲しいの?んふふ」


「ゆる、して、ゆるさないで」


「どっちなんだよォ、わかんないや、俺ってバカだから涙の意味も言葉の意味も――――だからさ」


「あ、う」


「えっちしようよ」


白い肌が赤く染まっている、炎の色に染まっている、興奮で赤くなっている。


そして血に濡れたキョウを思い出した。


「せめて気持ち良くしてよ」


棘のような言葉が突き刺さって深く深く食い込む。


キョウは泣いていた、かつての記憶に侵されて。

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