第273話・『キョウの尻は軽いが触るとやわっこい』

一部でも自分でもグロリアでも無い他人に優しくされるのは久しぶりだ、何だかドキドキしながらベッドの上で丸まる。


呵々蚊は俺の世話を甲斐甲斐しくしながら魔剣を解体している、部位を取り換える事で新たな効果を持つ魔剣を生み出すのだとか、こいつって元々は魔法を付加した武器のお店をしてたんだもんな?


そこを俺とキクタに無茶苦茶にされた、いや、自分で無茶苦茶にした?フィンチ型の眼鏡をした彼女は素早い動作で魔剣を解体している、そして白紙に様々な記号を書き込んでは唸る、魔力の波長を読み取っている?


耳当てのテンプルが存在しない鼻を挟むことで掛ける特殊な眼鏡、何処か理知的で学者に見える、この場合はあの眼鏡を褒めるべきが真面目な顔をしている呵々蚊を褒めるべきかどっちなんだろう?この空気感、嫌いでは無い。


鼈甲(べっこう)製のソレは見ただけで高価なモノだとわかる、熱帯に生息するウミガメの一種であるタイマイの甲羅の加工品として有名である、背と腹の甲羅を構築する最外層の角質から構成される鱗板を丁寧に剥がしてから加工する一級品。


「高そう」


「ん?何か言ったかナー?暇だったらお話してあげるナー」


「その眼鏡高そう!すげぇ高そう!なあ、なあ、いくら?それ売ったら良い酒買える?」


「ぞ、俗物的だナー、風邪で寝込んでいるのにお酒のお話は禁止ナー」


「真面目かっ!」


「キョウは不真面目だナー、そんなにお酒が飲みたいなら風邪を治した記念に近くの街でラム酒を買ってあげるナー」


「マジかっ!美味しいお酒を買ってくれる人好き!俺に意味も無く優しい人好き!俺に色々買ってくれる人好き!」


「――――し、尻軽っっ、き、キクタぁ、教育を」


「だから呵々蚊好きっ!」


「へ、へえ」


眼鏡を指でクイッと上げながら呵々蚊は赤面する、幼い美しい容姿が照れで赤く染まる様は見ていて興奮する、何時もはキモけど今日は優しい、そして真剣に作業している姿は見ていてドキドキする。


鼈甲で出来た眼鏡を何度もくいくいくいっ、色は薄く濁った半透明で赤みを含んだ黄色に濃褐色の斑点が幾つもある、黄色の部分が多いモノは重宝される、眼鏡のフレームに幾つもの黄色が見えるのがわかる、高級品!


「呵々蚊ってお金持ちー?」


「んー、まあ、この職業は儲かるからナー、キョウには無料で魔剣を上げても良いナー」


「いらねぇ!俺にはファルシオンがあるもんっ!まだ魔剣になっていないけどさ」


「ああ、あの剣ナー、異端の血を吸い過ぎて変化しているようだけど前回見た時よりも瘴気が酷いナー、禍々しい、持ち手の『気』が染み込んでいるナー」


「ふーん、それって悪い事なのか?」


「キョウの為に魔剣になるんだから悪い事では無いと思うナー、しかし人外を斬り過ぎて魔剣に変化とは、あまり前例が無いナー」


「どうしてそんなに眼鏡くいくいっしてるの?」


「し、質問ばかりだナー、子供め、好きな子と一緒にいるから緊張しているナー」


「すきなこ」


「……………」


「あ!」


俺も赤面する、そんな俺の姿を見てさらに眼鏡をくいくいっする呵々蚊、くいくいくい、鼻の頭痛くならないソレ?古来から鼈甲はその加工の容易さから工芸品や装飾品の素材として重用されてきた。


鼈甲自体の手入れは少し面倒で汗に弱いので眼鏡のフレームなどは空拭きで小まめに拭く必要がある、その面倒さを差し引いても鼈甲は人の体温によって細かく変形する性質が古来から好まれて来た。


眼鏡の鼻当てに使用すると掛けた人の鼻筋の形に変化する、呵々蚊のメガネはフレーム全てが鼈甲(べっこう)製なので耳の形にも合わせて少しずつ変化するだろう、どれくらいの値段なのか聞いても下品だナーと言うだけで答えてくれない。


「好きな子が値段聞いてるのにケチだぜ」


「んナー!?」


「え、違った?」


「……教えて上げないナー!!あまり物欲が過ぎるキョウは可愛く無いナー!」


嘘つきめ、耳まで真っ赤な癖に。


眼鏡の値段なんてこの光景からしたらどうでも良い事だぜ?

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