第272話・『風邪で苦しいキョウとそれを見て苦しい幼馴染』

雨の音が聞こえる、大地を削るような轟音、熱帯の雨は全てを流す。


ここは何処だろう、とても懐かしい夢を見ていた気がする、そこにはみんながいてみんなが笑っていて何も不満が無かった。


あれは何時の夢なんだろう?それとも俺が生み出した世界なのだろうか?頬に流れる涙を手の甲で拭う、グロリアに血を与える為にナイフで抉った穴、それを隠す包帯。


丁度良い、血で滲んだ包帯の上から涙を拭う、微かに鉄の匂い、誰かが俺を室内に連れて来た?雨の音は激しくて止む気配も無い、全身ずぶ濡れだったのに着替えさせられてるし。


真っ黒い服、丈が短いなぁ、袖に袂が無いのが特徴的だ、衿と身頃に付いた細長い紐、右を表左は裏側で結んでいる、東方服のように右前で着ている、もっとオシャレなのが良い、でも機能美に満ちている。


膝を覆う程の長い上衣のみだがパンツが見えちゃわないか心配だ、何度もグロリアに注意されたしなァ、叱られるのは嫌いでは無いがあの時のグロリアは叱るつーより怒るって感じだもん、怖いよ。


麻製らしく、単衣仕立てだ、軽く腕を振り回して見る、凄く動きやすいっ!付け紐があるので帯を必要としないのも良い、袖も全体的に広めでゆったりしている、風通しが良い仕様らしく気に入った。


「でも地味、可愛く無いぜ」


「綺麗なお人形に豪華な服を着せても目が痛くなるだけナー」


「ナー?」


「ナー!」


振り向く、紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる、砂のように全てから零れ落ちるような極上の手触りをした髪質、触れてもいないのにそれが何故かわかる。


何処かで触れた事がある?眉の上で一文字に切り落とされた前髪、腰の辺りで同じように直線に切られた髪、全てが整然としていて面白味は無い、光沢のある髪が鮮やかに輝いている、生真面目な印象を見る者に与える、その口調とは別にっ!


紅染を基本としてその上に檳榔子(びんろうじ)で黒を染み込ませる事で完成される色、作業でソレをした事がある、懐かしさはそれが理由か?しかし心の奥底で誰かが否定する、俺はずっと昔からこの色を知っている、ずっとずっと昔から!


「熱は下がったようナー、ほら、額」


「あ、うん」


自分でも驚くほどに自然に額を差し出す、ひんやり、冷たい、体温が低い人は心が優しい人って言うけどこいつはどうなんだろうか?自分の額にも掌を当てながら悩み顔の呵々蚊、かかか、うーん、耳に良く馴染む名前。


キクタにこいつと二人っきりで会ったらダメと言われている、回線を繋げたいがどうも調子が悪い、キョウもキョロも奥に引っ込んでいる?お母さんが言ってたな、俺がエルフを食べる事を望みながら拒否もしている。


拒否?あんなに美味しい生き物を食べる事に拒否なんてするわけ無いだろ、馬鹿馬鹿しい、だけど不安は大きくなる、どうして一部の声が聞けない、雨に打たれたせいか頭がポーッとする、そもそもこの建物は何だろう?


古都にある建物と同じようだが室内は補修されていて隙間風すら入って来ない、解体された魔剣がそこら辺に転がっているし難しそうな学術書が本棚にギッシリ……ここが結界によってつい最近まで秘匿されていた古都って事も忘れてしまう。


「まだ少しあるナー、風邪か能力の拒絶によるモノかナー、キクタめ、世話をしないでどうする?」


「か、呵々蚊」


「ナー?ほら、ちゃんと毛布を――――」


「あんがと」


「あ、う、うん、この古都は昔から呵々蚊の庭のようなものナー、最近は冒険者ギルドと新手の魔物に荒らされてるけどナー」


「へぷち」


「両方かナー、キクタとは繋がれないナー?困ったナー、古都には変な凶暴なエルフと新手の魔物がいるからここを去るわけには……仕方が無いナー、治るまで一緒にいるナー」


「へ、変態じゃないの?」


「……風邪で苦しんでいる幼馴染で股を濡らす程に困って無いナー、風邪を治すことっ!」


明るく濃い青紫色の瞳は全てに対して達観しているような薄気味の悪さがある、年齢は10歳ぐらいなのにその瞳の奥にある知性や経験が僅かに表面に出てしまっている。


だけど今日は何故かそれが安心する、俺の現状も症状も織り込み済みだとそんな風な振る舞い、大人しくベッドの上で丸まる、キクタの――ざーざーざーーーーー。


こいつは、何だっけ、でもキクタが会ったらダメだって言ってた、ストーカーもされた、怖いはずなのに怖く無い、咳き込みながら彼女を見詰める、椅子に座りながらその達観した瞳で俺を見ている。


「早く元気になるナー」


「う、うん、優しくてキモイ」


「あはは、少しは元気が出たようナー」


嘘だよ。


気持ち悪く無い。


嬉しい。

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