第258話・『必殺、前足で妹の頭潰しっ』

体が悲鳴を上げている、キョウから与えられた細胞には様々な一部の細胞も組み込まれている、それは当然だ、彼女たちもまたキョウの一部。


つまりこの尾の形状をした一部も尾である理由があるのだ、四肢を地面に預けて体を弓なりにさせて私は涎をまき散らす、周囲の景色が変わったように思えるのは私が巨大化しているからだ。


変化を恐れてか電光が放たれるが今の私の体はそれを軽々と受け流す、長く伸びた体毛が電光を弾いてエネルギーだけを吸収する、それは私の細胞をさらに活性化させて巨大化を促す、木々を薙ぎ倒す。


そう、この細胞はキョウの細胞でありながら私の細胞でもある、キョウが私にこの姿を望んだのだ、四肢で地を駆ける動物は様々だが今の私はどのような姿になっているのだろう、木々の間で休んでいた鳥たちが空へと逃げる。


逃げろ逃げろ、妹と違ってお前達は逃げられるのだ、妹は逃げられない、逃げられないからこそここで私と戦わないと駄目、可哀想な妹、殺してあげる妹、キョウへ捧げる供物としては十分だ、お前を殺して私は一部になる。


永遠をキョウと一緒に過ごすのだ、集落の皆は既に捧げた、後はお前と長老だけなんだ、お前と長老を捧げれば私は私になれる、だから待っていてくれ、すぐにお前を殺せる姿になるから、すぐにすぐにすぐにすぐにすぐにすぐにすぐに。


『ははっ、これがエルフだ、キョウの為のエルフ』


「お姉さま―――――――――灰色狐さまの細胞がっ」


『あははははははははははは、漲る、漲っているっ』


「ちっ」


木の根に溜まった水たまりを見て自分の姿に驚く、全身は柔らかく細かい体毛で厚く被われている、毛衣は灰色と暗灰色が奇妙に混じり合ったモノで背面の体毛は毛先だけが黒い、ブルブルと全身を震わせると毛先が揺れて楽しい。


尾の基部背面に存在する尾腺の周囲は黒く、尾の先端は白色だ、目の内側から口唇にかけては赤褐色の筋模様が存在している、縦長の瞳孔で見える世界は今までの世界とは少し違う、金色のソレを見詰めながらさらに笑う、水面が揺れる。


被写界深度、つまりピントが合う距離の範囲の広さが今までとはケタ違いだ、深い被写界深度で対象との間合いを計算しつつ、距離を詰める事が可能となった、サイズとしては成人の男性を噛み砕くのに不都合の無い大きさ、化け物、まるで魔物のようだ。


スリット状の瞳孔である長円瞳孔が狩りをする生き物である証、キョウの為に餌を狩る生き物である証拠、エルフを狩るエルフである証拠だ、呆然としている妹……そうだ、お前の愛しいお姉さまはキョウにこのような美しい肉体を与えられたんだぞ?


大きな耳は放熱と獲物の位置を確認する為のモノ、毛に覆われたソレを動かす、足裏は肉球も含めて全てが長い体毛で被われている、試しに地面を蹴るがまったく音がしない、何処までも何処までも獲物を狩る為の姿、狐の姿、キョウの為の姿。


『ふふ、あははははははははははははははは』


「その巨躯でその速度ですかお姉さまっ」


『そうだ、この巨躯でこの速度さ、妹よっ!ほれっ!』


「がぁあああ!?」


獲物を中心にグルグル回転しながら死角を探る、それが見付かった瞬間に一気に肉薄して前足で軽く触れる、攻撃の意思は無い、試して見たかっただけだがそれだけで頼り無い妹は後方へと吹っ飛んでしまう。


あまりの脆弱さにしょんぼりする、耳が垂れる、力の差は歴然だ、様々な一部の細胞が私の中で蠢いている、灰色狐と呼ばれた個体のモノを中心に多くの魔物の細胞が活性化しているようだ、強力な魔物、キョウの魔物。


それによって身体能力は底上げされこのような巨躯になってもスピードを失わないばかりか以前よりも素早くなっている……素晴らしい、実に素晴らしい、この力でキョウの敵を薙ぎ倒せば良い、キョウの餌を狩れば良い。


全てがキョウの為にっ、立ち上がろうとする妹に反応して耳が揺れる、どのような所作にも音が発生する、電光を放つ際に体が一瞬緊張する、それに合わせて回避反応をすれば良い。


「骨が、幾つか、ふふ、お姉さま、容赦無いね」


『骨は折れたほうがキョウが食べやすいからな、一部になったのだろう?また餌になれ、そしてまた食われろ』


「ちぃ、そうやってそうやって」


『長老が見ていたのは私だったな、あの人は私を特別厳しく躾けたし特別慈しんでくれた、血の繋がるお前では無く』


「―――――――――」


『キョウも同じだ、お前を取り込んで一部にしたのも気紛れさ、私の方が彼女に愛されている!ははっ、長老を見る目に気付いていないと思ったか?』


「―――――――――」


『ばーか、ふふ、砕けた口調は苦手だ、妹を思いやる姉としては言えなかった言葉だが、ふふ、長老もお前ももういらない、私にはキョウだけあればいい』


「おね」


『さよなら』


頭を踏み潰す、そう、それでもキョウの肉体に戻るだけだろ?


もう一度会えばもう一度殺せるな、便利な妹だ。


愛を証明する為の消耗品にはぴったりだ。

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