第246話・『耳齧り虫、耳齧り虫、耳齧り虫の耳を齧る人』
目の前の光景に唖然とする、集落を支配していた老獪な幼女は乗り物に成り果てて媚び諂っている。
自分と同じようにあの集落を抜け出して今はエルフライダーの乗り物として使役されている、か細い腕がプルプルと震え足も同様に痙攣している。
武術で鍛えた身、だけど何処から騎乗されてここまで来た?人は二足で歩く生き物だ、四足でこのような木の根が張り巡らされた森の中を歩くのは不可能だ。
しかし不可能を可能としている、それは能力でも魔法でも何でも無い、長老のエルフライダーに対する奉仕の心だ、忠誠心、犬が主人を見上げるような表情。
理由の無い愛情、かつて慧十十はアレを欲した、長老の愛情を秘めた胸の内でずっと欲していた、そして今それを独り占めしている少女は慧十十が欲しいと言っている。
「んふふ、かーいの、くくりな、久々利拿ぁ」
「え、エルフライダーさま」
「他人行儀で嫌だなァ、そうだ、名前で呼んでよ」
「き、キョウさまぁ、ああああ、な、お名前を、神の真名をっ、余のような騎乗動物がっ、餌がッ」
「だぁめ、呼び捨てで呼んで、仲良くなろうね、くくりな」
「ひぃ、そ、それは、お、お許しを、お許しをお許しをお許しをお許しをお許しをお許しをお許しをお許しを」
「だぁめぇー、呼び捨て♪」
「あ、あぁひぃ」
エルフライダーの命令に何も言えずに硬直する長老、大きく見開いた瞳は血走っていて表情は呆けてしまっている、呼び捨て?それだけの事を出来ずにあんな風に死にそうになっている、全身から異常な汗が溢れ出ていて見てると不安になる。
あの集落を恐ろしい手腕で支配していた魔性の幼女は圧倒的な支配者を前に委縮して震えている、エルフライダーを呼び捨てにする事は長老にとって死ぬ事よりも辛いのだろう、それを強要するようにニヤニヤと笑うエルフライダーに恐怖を覚える。
既にエルフの耳では無い、丸みを帯びた耳、血がダラダラと垂れ流し状態でまるで滝のようだ、噛み千切られた箇所は綺麗な丸みを帯びていて上品な食べ方だなと何故か冷静に見てしまう、エルフである誇りを失っても長老は何も気にしていない。
いや、エルフライダーである主から与えられた証だと言わんばかりにそこを手で撫でる、深い笑み、普通の人間と同じ耳に成り下がってもこのような笑顔が出来るのか?
「ち、長老――――耳がっ」
「けぷ、美味しかったぞ、一度全部食べ尽くしてから再生したんだけどな、耳が生えないのはこいつの怠慢だろう、それともソレがこいつにとって一番なのか」
「み、耳が痛いです、余の耳を食べて頂きありがとうございますぅ」
「ロリくせぇ耳だったぜ、んふふふ、そうやって痛がる姿は芋虫みたいでかわいいの、また生えたら一番初めに食べてやるからな?おら、感謝は?」
「あ、ありがたき幸せぇ、ぁぁ、早く生えて余のエルフ耳ぃいい、キョウさまがお召し上がりになるのぉおおおお、嬉しい、嬉しいよぉ」
「呼び捨てにしろ」
「き、キョウ、ぁぁ、キョウ、愛していますぅううううううううう」
「ふん、やっとか、脳味噌が小さいのか、ロリは頭も小さいから仕方ないか、ひひ」
「はい、き、キョウさまの仰る通り余は知能が低いのです」
「またさま付けした、バカだなぁ」
春に芽吹いた若葉のように鮮やかで薄い緑色の長老の瞳が細まる、この森の草花のような色彩、エルフライダーに罵られながら全てを甘んじて受け入れる、集落の者が同じ事を言ったらどうなっただろうか?長老が直接下さずとも周囲の者が粛清したか?
深緑の色彩が常緑樹の青みの深い緑色を指すのに対して浅緑は春を連想させる柔らかな若葉のような色彩だ、しかしそんな美しい色彩も主に忠誠を誓った今では枯れ葉のような雰囲気を醸し出している、そう、生命力の全てを見上げる主に捧げているのだ。
「き、キョウ」
「そぉ、ずっと俺の一部として生きるんだから、親しくしないとね、敬語は?」
「そ、それだけはお許しを」
「つまんないのー、ふへへ、でも可愛いから許す、お前は可愛いエルフだな、美味しかったし、尽くせよ」
「御意」
木の葉や草の葉の裏側のように渋く滲んだ薄緑色の髪が揺れる、裏葉色(うらはいろ)のソレは彼女の二面性を表しているようで何時も気になっていた、葛(くず)の葉っぱの葉裏から由来するその髪を見詰めながら息を飲む。
何時もの胡散臭い笑みでは無く心からの笑顔、幼い表情が天真爛漫の笑みで満たされる、長老って本当はこうやって笑うんだ……それは衝撃であると同時に嫉妬でもある、あの長老がこんな笑みを?ああああ、餌として食べられた、餌として。
慧十十は違う、それよりももっと求められた、エルフライダーが心の底から欲しいと言った、貴方のように適当に食べられてそのようになったのとは違う、何だ、どっちに嫉妬している?長老か?エルフライダーか?わけがわからない。
前髪を長めにして長短の段差を演出して軽さを出したショートヘア………男の子のような髪型だが幼くも絶世の美貌を持っている長老、その髪を乱暴に掴んで持ち上げる、前髪が千切れる程に荒々しい扱い。
「ひぅ」
「これはまあ、拾いモノだ、死に掛けてたら身を捧げてくれた……でもお前は違う、お前はコレよりも姉よりも美しい」
「慧十十……が?」
「そう、おいで、こんな風に扱わないよ、お前は特別だ」
誰かの特別になれるの?お姉さまや長老の『特別』な貴方の『特別』になれるの?
み、耳を、齧らないの?
「お前の耳は尖ったままがいい、美しい」
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