第245話・『エルフの耳を齧って引き千切って丸くするバイト』

朝の光に包まれて体を伸びさせる、悲鳴はもう聞こえない、お姉さまは無事に集落を破壊し尽しただろう。


救えなかった、救おうともしなかった、エルフライダーの眷属の言葉が慧十十(えとと)から慧十十を奪った、慧十十が欲しい?


長老でも無くお姉さまでも無く慧十十?大きな樹木の根は良く見ると生理的に受け付けない、森に生きるエルフが?感性が変化している?


慧十十は言えなかった、言わなかった、あの二人の関係性に嫉妬していた、大好きなお姉さまを支配する長老が羨ましかった、そしてさらに奥に奥に秘めた想い。


お姉さまが羨ましかった!!!唯一の血縁である慧十十よりもお姉さまに構う長老の姿が大嫌いだった、だけどそれは今になってわかる事だ、あの時はこの感情を理解出来無かった。


長老に嫉妬する普段のソレを何倍にも上回る嫉妬、原因は二人同時に嫉妬していたからだ、慧十十には皮肉ばかりを言ってお姉さまを重宝する長老、その愛を与えられるのは慧十十では無いの?


だからあの時…………長老に寵愛されるお姉さまが自分を助けた時に奪い去ろうと決めた、結局は何処までも汚い慧十十、自分の感情が何なのかすら理解出来ていない、朝の清々しい光は慧十十を容赦無く責め立てる。


そんな長老もエルフライダー以外に興味の無い信者だった、エルフを捕食する生物をエルフでありながら信仰する、しかしそれを叫ぶ長老は何処までも幸せそうだった、本音を隠している自分とは違うのだ、貴方に愛されたかった?


お姉さまの一番は長老、長老の一番はお姉さま、慧十十の一番と二番はその二人、ずっとそう思っていた、そう、結局は誰の一番にもなれない自分を誰よりも理解していた、そう思っていたのに二人の今の一番がエルフライダー?


「その眷属が言っていた、長老でもお姉さまでも無く、慧十十が、え、慧十十が一番欲しいって言ってくれた」


エルフライダーのせいでお姉さまは化け物に変化した、そして集落を襲い今は眠っている、一度だけ確認をしに行った、まるで産まれた時から存在していたように器用に尾を丸めながら眠っていた、死肉を朝まで貪っていたのか口の周りは血肉で汚れていた。


食い掛けの肉片、そこにウジが蠢いているのを見て軽く吐瀉した、そして逃げるようにエルフライダーの眷属が示した待ち合わせ場所へと、あのウジは人の血肉を貪り赤く染まっていた、内からも外からも血肉を貯えて赤く紅く朱く、おえ。


他者に染まるとはそういう事だろう、お姉さまも同じだ、エルフライダーの尾を移植して内からも外からもエルフライダーに染まった、それこそ歓喜の声を垂れ流しながら自ら望んでそうなった、成り果ててしまった、成り果てる事が正解だと確認もしないで。


お姉さまはまだ若い、慧十十もまだ若い、その若さ故の衝動に支配されて失敗をする事だってある、お姉さまは失敗した、だったら慧十十は?お姉さまはエルフライダーに望まれていないのでしょう?慧十十は望まれているよ、ソレに対してどう思う。


もし、もし嫉妬してくれるのであれば少しだけ嬉しい、劣等感が消えるような、そんな意味の無い感覚、エルフライダーの眷属を思い出す、美しい、かっこいい、強い、迷いが無い……そしてエルフライダーの一部である事に絶対の誇りを持っていた。


紅紫こうしの色彩を持つ髪は腰の辺りでバレッタで留めていた、それが戦闘中にゆらゆらと揺れる、燃え盛る炎のような激情を秘めているようで美しかった、太腿近くまで伸びた髪、自分もそうして見ようか、何を思っている、あの眷属に惹かれている?


「小さくて可愛いのにあの長老を……長老も小さいままだけど、それでも、凄い、凄いよ、あの子、お、お姉さまより強い、圧倒的に強い」


瞳は澄んだ水色で畔の水面のように穏やかだった、全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無く、機能美を極めたかのような素晴らしいものだ、エルフライダーの為にあの美しい体で奉仕するのだろうか?


10歳ぐらいにしか見えない少女が恐ろしい練度の武術て敵を圧倒する、それは絵物語の英雄のような光景だった…………見た目はお姫様なのにやっている事は英雄なのだ、二つの憧れが重なる、かつて二つの嫉妬が重なって我が身を震わせたように。


洒落っ気の無い真っ白な胴着に真っ白い肌、瞳は畔の水面のように穏やかで色彩も水色、全てが彼女の為に存在しているようなそんな感じ、あああああ、声も愛らしかった、静かで感情を含まない淡々とした声、しかしエルフライダーの事となると様子が変わった。


静かさの中に激情があった。


「あ、あんなに可愛くて綺麗で強い女の子にあんなに愛されるだ何て、エルフライダーはいけない人、いけない人だよ」


「そーかー?ごめんな」


「っっ!?」


振り返る、そしてそこにある事実に驚愕する、二人の人間がそこにいる、騎手がまるで馬と一つの体になったかのよう光景、巧みに乗りこなすその光景に全身が硬直する、エルフライダーだっ、朝日が彼女を祝福するように輝く。


そして彼女を背中に乗せて四つん這いで地面を這う生き物がいる、膝は擦り剥けて血が泥と溶け合って酷い有様だ、えへ、えへえへ、この生き物のこんな声を聞いた事は無い、何時も余裕の笑みを浮かべて人を支配していた、それが今は乗り物?


幼いエルフの姿をした長老はエルフライダーに乗り物として使われながら歓喜の笑みで―――あの余裕の笑みは何処へ?え、なんなの、この人はあの長老?え?


「お前が遅いせいで悪口言われたぞ」


「エルフライダーさまぁあ、申し訳、申し訳ありません、し、躾けて下さい、もっと余を躾けて下さい、頑張って、エルフライダー様にっっ」


「おう、お前を支配するのは楽しい、人間性を失うまで乗り尽してやるから感謝しろよ」


「はいぃいいいい」


長老の耳は丸かった。


エルフライダーが捕食したからだ。


そうなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る