第242話・『餌は餌らしくが大事』

どうして殺さなかったのだろう?慧十十の姿は無くご眷属様の姿も無い、集落は蹂躙され貪欲に進化したアレが捕食を開始した。


地獄絵図、自分が作り上げた楽園が地獄へと化す様を見詰めながら思う、ああ、あのお方の為に用意した餌場が壊される、だけど良い。


テレルルは才気溢れる子供だった、この娘をエルフライダー様を誘い込む為の要にしようと思った、そして計画は成功してテレルルはエルフライダーさまの恩恵を与えられた。


慧十十はあの尾の入った麻袋ごと消えたか?森に逃げる、この集落はもう駄目だ、この餌場はもう役割を完遂した、だとしたらどうして余は逃げている?まだ死にたくないとでも?


過去の記憶は曖昧だ、薄暗い施設の中で狂人に飼育されていた、愛しい人が世界に産まれ落ちた際の離乳食が貴様たちだと笑っていた、しかし産まれた時からそれが当たり前だった、産まれた?


必要な栄養素を混ぜ込んだ培養液の中で飼育されたエルフ、遺伝子に幾つも手を加えているのでそもそもの遺伝子の起源すら曖昧、キクタさまのお言葉のままに体を捧げる、そこで魔法も武術も人を支配するやり方も教わった。


キクタさまは惜しむ事無く全てを叩き込んだ、その魔法でエルフライダーさまを護りその武術でエルフライダーさまの敵を蹂躙して人を支配する事でエルフライダーさまにとってより良い環境を作り上げろ……不満は無い、何故なら望まれた命だから。


勇魔が襲来するまでそうやって過ごした、キクタさまがどうなった?そこはさらに記憶が曖昧だ、どうにか逃げる事に成功、この身は不老不死を実現している、たった一人で永遠の餌場として機能するのだ、しかしキクタさまによって与えられたアレが自分を絶望させた。


はぁはぁはぁ、夜の森に出歩く羽目になるとは思いませんでしたね、ご眷属様の攻撃のダメージは予想以上に凄まじく歩く事すら難しい、あれがエルフライダーさまのご眷属、創造主であるキクタさまと同じ選ばれた一部、どれだけ夢見しようと自分はそこにはっ。


木の根に足が絡まり転ぶ、夜の闇を照らすように月の光が降り注ぐ、その月の光に反旗を翻すように集落を焼く炎が空へと伸びて煌々とした光で対抗する、青い月の光と赤い炎の光が入り混じったおかしな世界、そこにいるのは余だ、敗者だ。


全ての計画が潰えた、テレルルは一部になれるのだろうか、羨ましいと何故か思わない、そうか、余はそんな事はどうでも良いんだ、余がなりたかった、だから他人なんてどうでも良かったんだ、これだけの人間を巻き込んで利用したのに結局はそんな想い。


子供の気持ち、憧れ、余もあの方に必要とされたい、多くの屍の果てに自分が製造された、永遠の餌場として製造されて創造されたのにエルフライダーさまにご賞味して頂けない、それは絶望だ、圧倒的な絶望、人生の目的を奪われてしまった、喪失してしまった。


絶望した未来からご賞味して頂ける可能性のある僅かな線を引き寄せて計画を進めた、だけどこの始末だ、はぁはぁ、ここで死んでおけ、もう一度同じように計画を進めるのか??それには何十年必要だ?そしてまた失敗するのか?でも嫌だ、このままでは嫌だ。


エルフライダーさまに一目で良いからお会いしたい、侮蔑の言葉でも無視でも構わない、全てを受け入れる、全てを受け止める、余は貴方の離乳食ですと土下座しながら涙すれば良い、ああ、それで無視されても構わない、そのまま去ってしまうならそれでも。


この生に意味を与えてくれるのはエルフライダーさまだ、細胞の一つ一つがあの方の為に計算されて構築された、美味しいように美味しいように美味しように、エルフライダーさま専用の餌、何処にも売られていない、ここでしか売られていない。


「会いたいです、一目で、余の……余のご主人様」


テレルルの奇声が森の中に響き渡り虫の音が止まる、鳥が羽ばたき全ての命が恐怖で狼狽える、どうして足をそれでも進める、どうして余はそれでも足を進める、自分で自分の行動が理解出来ずにそれでも足を進める、頭が狂ってしまったのか?


全てが無情に崩れ去ったのだ、そうだ、でも歩いていれば、この世界にはエルフライダーさまが存在する、だから歩いていれば、永遠の命と肉体を持つ自分が歩き続けていれば何時かエルフライダーさまに会えるかもしれない、だから余は何処までも歩くのだ。


この集落を作り上げてから歩みを止めて待ち続けた、その受動的な考えがダメなのだ、これからは能動的に何処までも歩き続ける、それがあの施設でたった二人の成功例である自分の役目、あああ、エルフライダーさま、会いたいです、会いたいです、会いたいです。


集落の無垢な命を全て捧げて、そう、愛情はあった、しかしエルフライダーさまに比べたらゴミのような愛情、愛情にゴミ、ゴミ、ゴミたちは死んだ、余はゴミだけどエルフライダーさまの、ああ、自分で決めては駄目なのだ、それで叱られて蹂躙された、ご眷属様にっ。


「音?」


くうくうくう、まるでお腹が鳴っているような音に導かれて森を歩く、可愛らしい音、これがお腹の音だとしたらその人はどれだけ愛らしく可愛いのだろう?何故か駆け足気味になる、導かれている、導かれている、そう、誘われている、何処へ?


赤い光と青い光、天と地の光、命が奪われる光と命を照らし出す光、ここは現実だろうか、くうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくう、お腹の音、やがて、食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う。


くうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくう、食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う、くうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくうくう、食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う食う喰う。


「ひぅ、だれかー」


幼い声、泣き声、助けを求めている、母性が刺激されて自分では無い自分が芽生える、走る、駆ける。


耳朶が蕩けて落ちる、ああああああああああああああああああああああああああ、この声は、この声はっ、この声はああああああああああ。


「え、エルフライダーさまっ!」


「ひっ、おおきいこえしないで!こわい!」


声帯を引き千切ろう、まずはそれからだ。


余は、余は、余はぁあああああああああ。


「おにゃかすいたの」


「ご、ご賞味あれ」


この為に。

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