第240話・『おいでやす、おいでやす、オイとヤスの二人旅』

一切の無駄の無い体つきは猫科の動物を連想させる、捕食動物、プレデターである事はその動きや所作で理解出来る、穏やかな瞳には殺意は無い、獲物を淡々と狩るだけだと告げている。


「余はぁああああああ」


「……………少し黙ろうか」


狩りに適した身体的特徴が幾つも垣間見える、人間の形をしていながら人間では無い、しなやかな筋肉質の体は柔らかそうに見えて一瞬の緊張時には膨張して筋肉の凄まじさを見せつける。


「………庫裡蛙(くりあ)!」


「っっ」


そう叫んだ瞬間に天井に罅が入る、見上げようとすると次は着弾の衝撃で床が大きく揺さぶられる、風を纏った鎧で何とか攻撃を防御した長老だったが吐血しながら後退する、天井と床を蹴り上げながら高速で移動する物体。


激しい風の吹き荒れる室内でそれを物ともせずに駆け回る、対象に接近すると同時に環境を味方にしてかく乱する事に成功している、まるで一本の矢だ、拳を前に突き出して恐ろしい速度で接近する彼女に恐怖を覚える。


重力の法則的に物を持ち上げるより持ち下げる方が負担も無いし速度も出る、つまり上空からの奇襲に対して人間は『後追い』になってしまう、上空から襲い来る必殺の一撃、魔力を帯びた風の鎧を平然と打ち砕く、恐ろしい。


軽く微笑む幼女の姿が何よりも美しいのがより恐ろしい、エルフライダーの眷属、エルフライダーに全てを捧げた存在、エルフライダーの為だけに鍛えた技すらも捧げる存在、何と美しく何と滑稽で何て一体感、彼女は彼女では無い。


彼女はエルフライダーの一部だっ。


「…………弟に弱い一部はいらないから、選定しなきゃ」


「っっっ、な、なんて速度っ、魔力も使わずにっ、余の夢見でも避ける未来がっ」


「…………『姉ちゃん』は大変」


「ならば空気の層を何重にしてさらに密度を深めるのみ、余は風に愛されているっ、そしてあのお方にも愛されるのです!」


「……………愛される、か、弟舐めるな」


雰囲気が変わる、長老の前に着弾したと同時に構えを変化させる、拳を突き出していた構えからより歪な構えにっ、長老は圧縮化した空気を何重にも纏っている、方向性を変えて相手からの攻撃の衝撃を分散させるようだ、魔力の流れを読み取って確信する。


しかも圧縮された空気は必殺の一撃にもなる、エルフライダーの眷属が先程していた事を本人が行っている、だけどエルフライダーの眷属は怯える事も無く悠然と佇んでいる、何が彼女の逆鱗に触れたのだろうか?愛される、エルフライダーに愛される?


それは罪深い事なの?エルフライダーの眷属は左右に足を開いたまま体を沈める、体を斜めにせず開いた状態で腰を沈めた彼女は隙だらけだ、次の動作がどのようなものであれ長老の攻撃を避ける事は難しい、圧縮した空気の塊を剣状に変化させて長老は笑う。


愛されたいと笑う。


「キクタ様の実験体の『一匹』としてあのお方に愛される事が余の存在理由なりいいいいいいいいいいいいいいいい」


「………んと、そうやって管理されてたんだ、だからこんなにも―――キクタは罪深いね、螺螺鳥(ららどり)」


「ひあ!?」


一瞬硬直した彼女の体が面白い程に躍動する、顔の前で十字に構えていた腕が『一瞬』震える、右手を前に押し出して左手を前に倒す……右手を前に落とすだけの工程に左手による押し出しを組み合わせた………それだけだ。


それだけの動作のように思えたし事実それだけの動作だった、しかし単純な仕組みで二倍の速度で拳が前方に突き出される、ひゅおん、形容し難い音が室内に木霊する、長老の攻撃が当たる前にそれが長老の腹に深々と突き刺さる。


足裏で地面を捩じって刹那の体重移動、長老の方がリーチはあるのに一瞬で懐に入られる、腹に拳がさらに深く突き刺さる、あの長老の小さな体に拳がめり込んでいる、そのまま左手の上に固定した右手を腕に沿って横に払う、追撃、腹にのめり込んだ左の拳の上から右の拳が叩き付けられる、限りなく近い部分に二度の攻撃。


威力は凄まじく、長老は白目になりながら吐血する。


「………愛される、愛されるって何、どうして弟が決める事をエルフが決めるの?」


「――――っぁ」


「………弟が決めなきゃ、弟の姉ちゃんは怒る、えい」


空中に蹴り上げた長老の幼い体が回転しながら落下する、魔法による風の防御はまだ消えていないはずなのにっ!水面のように澄んだ瞳にはやはり怒りは無い。


エルフライダーに対する絶対の忠誠心と愛情、言葉一つ間違えただけでこのようなリンチ状態、薄く微笑んでいる姿が愛らしいのが余計に怖い、奇妙な体勢で落下した長老、死んではいないようだ。


畏怖するべき対象だったあの長老がぼろ雑巾のように扱われている光景に何とも言い難い感動を覚える、エルフライダーの眷属は美しい、そして強い、思考に一切の無駄が無く成すべき事を成している。


「ん、雑魚」


「す、すごい………あの長老が」


「おー!そっちのは弟が欲しがってた」


「え、あ」


「……こんなのより、弟は君を欲しがっている」


長老がこんなの?この集落の絶対的な長では無く慧十十を欲しいとエルフライダーは言っているの?ば、バカな、バカな事っ。


嬉しいはずが無い、だってエルフライダーはお姉さまを!お姉さまをあんな化け物にっ!


「………んとんと、弟は君のお姉さん?より君が欲しいって、でんごーん」


「おねえさま、より、え」


「君の方が優秀で美しい、だから俺の所においで」


一瞬、目の前の幼女の姿が別のモノに見えた。


胸が、どきどき、する、なに、なんなの。


えるふ、らいだー、さま?


「おいで、エルフの子」

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