第239話・『つおさ、これがつおさだ、強さでは無くつおさ』

長老は魔法だけでは無く武芸全般に秀でている、そもそも姉さまに剣術を教えたのも彼女だ、夢見の力と突出した魔法と武の力、それがこいつを支配者として君臨させる要素。


溢れ出るカリスマ、聖女の笑顔、永遠に幼い体、神聖視するには十分なものだと思う、だけどそんな彼女が狼狽える様を見るのは初めてだ、憧れの存在を目の前にしたような表情。


少年がヒーローに憧れるように少女がヒロインに自分を重ねるように長老は目の前のエルフの美貌すら凌駕した美貌を誇る幼女に恋い焦がれている、全身が震える、警備の者が駆け付けないのは何故だ?


先に始末したのか?疑問が幾つも湧き出る、それとも一人では無くて誰かが警備の者の相手をしている?その割に考え無しに建物を破壊した、眠たそうな瞳が周囲をゆっくりと見回す、犬のような尻尾がゆらゆら揺れる。


そこで確信する、この幼女は恐ろしい力を秘めている、長老が憧れる程にっ!助っ人では無い、しかし状況を打破させるには必要な要素だ、必要な第三者だ、だから黙って展開を見守る、どちらにせよ死んでいたのは自分。


どう転んでも受け入れる。


「………おー、小さい方、こっち」


「え、エルフライダー様の眷属っ、よ、余は」


「………?力を示せば一部にしてあげる、とのこと、ころーす」


「喜んでっ!アト・マルシャ・ルクト!」


魔力が解き放たれる、アト系の魔法はエルフしか扱えない強力無比のモノ、空気を圧縮化して鋭利な刃物と化し敵をバラバラに切断する、森の民が使うにはあまりにも殺意と敵意に満ちた魔法、室内に突然に風が吹き荒れて嵐のような環境になる。


幼女に迫る必殺の一撃、あの魔法は大樹を軽々と切断する代物、しかも速度もあり視認出来るものでは無い、そもそも視覚として透明な刃は捉えにくい、それなのに幼女はまるで気紛れのように首を動かす、何の意味も無い動作のように思える、背後の壁が切断される。


見えているの?長老の強力無比な魔法が全方位から彼女を攻め立てる、それを怠そうな動きで全て躱す姿に圧倒される、時折欠伸をしつつ伸びをしている、なのに当たらない、そんな事をすれば狙われる面積が増えるだけなのにまるで曲芸のように全てを避ける。


長老が荒々しく舌打ちをする………集会場にも使われる長老の部屋は広くで天井も高い、円形のその場所で圧倒的な戦いが展開されている、目を逸らす事をせずに見届ける、未来が見えたとしてもそれを上回る反射神経で全てを避ける、攻撃に対しての回避の動作が全ての数値を上回る。


冗談のような光景、これがエルフライダーの眷属?眷属だと言った、このように美しく恐ろしい存在を使役するのか?本体があれ程の化け物だったのにそれの眷属もこのような化け物なのか?涼しい表情で魔法の刃を掻い潜りながら肉薄する。


「これがエルフライダー様の眷属のお力!素晴らしい!余もその席に座りたいっ!アト・ブロッド!」


「………あはは、魔法はすごいなぁ」


バカにするわけでも無く素直に口にしたその言葉、だけど体術だけで全ての魔法を捌いている、アト・ブロッドは対象の体に風を纏わせて動きを封じる魔法だが彼女は全身を包む魔力による風を物ともしないで動いている、逆に風に包まれた部位を鎧として使って凶刃を打ち砕く。


相手を縛るはずの魔法を鎧として使われた挙句に自分の魔法を打ち砕く武器として使われる、それはどれ程の屈辱なんだろうと長老を見るが長老は落ち込むのでは無く興奮した表情で幼女を見詰めている、自分たちの前では見せた事の無い表情だ。


何時も超然と振る舞いながら皆を導いていたのに!体に纏わり付く風の束縛を物ともせずに前進する幼女、確かにその姿に見入ってしまう…………あれだけの反射神経だ、風の束縛も躱せたはずなのに敢えて受け入れて武器として防具として利用している、恐ろしい幼女だ。


「とあ、とお、あちょ」


そして声にはやる気が感じられない、覇気を全く感じさせないのに動きだけは素晴らしい、全ての動作が円を描くようになっている、初動は速く、それ以降は流れるような動きで全てを躱す、魔法を使わないで魔法を打ち砕く、そればかりか魔法すら利用している。


「………とぉ、たぁー」


「す、素晴らしい、なんて美しい生き物、よ、余も、余もこのお方のように寵愛されたいっ!エルフライダー様にこの集落の皆の命を捧げてでもお仕えしたいっ!あふぅん、ああああああああ、よ、余のご主人様っ、エルフの神っ!」


「………弟も大変だ」


水面のように澄んだ瞳には一切の妥協を許さない強い光がある、春風のように耳を撫でる優しい声には何処か諦めの色が滲んでいる、長老の言葉に呆れてしまっている?長老は何かを間違っているのだろうか?


エルフライダーは長老を否定しているのだろうか?それこそエルフライダーの眷属だから事実を知っているだろう、あらゆる風属性の魔法を行使しながら長老が高らかに笑う、しかし現実としてその全ては躱されている。


「どうですかっ!余は、余はぁ、餌としてあのお方にっっ!」


「………んと、もう少しがんば」


「はいぃいいいいいいいいいいいい」


「…………やっぱ、弟も大変だ」


「はいいいいい、そのお方にお仕えするのが余の運命ですぅううう」


「……………変態大変」


そう呟いた瞬間に幼女の姿が消える、


靡く、犬の尻尾のような、狼の尻尾のような髪が――――。


「……………少し黙ろうか」

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