第238話・『白兵戦チートお姉ちゃん大魔王眠たそうさん』

長老の顔から笑顔が消えた瞬間に殺気が膨れ上がった、胡散臭い笑顔が消えて良い顔じゃないか、春に芽吹いた若葉のように鮮やかで薄い緑色の瞳が細まる、この森の草花のような色彩。


浅緑(あさみどり)の植物の生命力を連想させるソレにありったけの殺意を含ませて無表情になる様は面白い、これか、こいつの目的は、長老の目的はっ、エルフライダーの細胞かっ!初めて欲したな!何かを!


そこに長老の人間味を見出せたようで嬉しくなる…………こいつの目的がわからなかった、どうして集落の者をここまで育てた?愛情があったから?違う、エルフライダーに選ばれて捕食されるべき餌を待っていた?少し霞んだ未来が浮かぶ。


幻視、こいつは、このエルフのガキはっ、同族のガキはっ、エルフライダーの餌になりたいのだっ、自分だけが望まれて特別な餌になりたいっ、未来が、過去が、幻視が、夢見の力が、す、全てが一つになる、こ、こいつもこの力で?


深緑の色彩が常緑樹の青みの深い緑色を指すのに対して浅緑は春を連想させる柔らかな若葉のような色彩だ、しかしそんな美しい色彩も敵意と殺意で汚れてしまえば何て事は無い、何時もは冷静さを秘めている大きな瞳が邪悪な思想に染まって見える。


「どうしてソレを隠すのです、さあ、テレルルを救う為にソレを余に渡しなさい、さあ、さあさあさあさあさあ、鈍間なガキはこの集落の子ではありません」


「どっちみち出て行こうとしてたし、少しだけ未来が見えた、これを移植する長老の姿がッ、そして慧十十を殺してお姉さまの尻尾も奪う、長老はエルフライダーの下僕になる」


「見えましたか、だから渡せ、それは余のモノだ、余が――――あの方の一部になるのに相応しい」


本心を聞けた、長老の本心はあまりにも意外であまりにも歪んでいる、食われる為に慧十十達を育てたと?この人はエルフライダーに選ばれない、エルフライダーはそれよりも高い確率で慧十十達を捕食する。


しかし慧十十達がいないとエルフライダーはすぐにこの集落を後にする、ぐ、グルメなのか?慧十十達を食べる理由がわからない、エルフなら他に沢山いるし、何かがあの生き物を引き寄せている?血の繋がっていない姉妹に何がある?


木の葉や草の葉の裏側のように渋く滲んだ薄緑色の髪が揺れる、裏葉色(うらはいろ)のソレは彼女の二面性を表しているようで何時も気になっていた、葛(くず)の葉っぱの葉裏から由来するその髪を見詰めながらゆっくりと後退する。


自分と同じ思想を持つ同胞はこの建物内にはいない、長老が叫べば警備の者が駆け付ける、どちらにせよ逃げないと駄目なのだが情報が少なすぎる、夢見の力で微かに見えた回答と現状を俯瞰で見る事で長老の本心を探す、あ、この集落そのものが餌場?


エルフライダーを引き寄せる為の?いや、惹き寄せる為か?微かに見えた過去の映像では全て若い個体を捕食していた、だからいらない世代を消し去って若い餌でこの集落を埋め尽くしたのか?たったそれだけの為に?長老はどうしてそこまでエルフライダーを求める。


「これを移植したら姉さまのような―――自我を失って狂ってしまう、貴方は嫌いだけど貴方はこの集落にまだ必要だよね」


「違いますよー、この餌場が余に必要だった、そして餌場は目的を果たし、あの方からの案内状を与えられた、その細胞がそう、余の細胞だね、余のモノだ、余の肉だ」


「っっっ、こんな汚らしい蚯蚓のような肉片を求めてこれだけのバカをやったんだよね?死ねよ!」


「口を慎みなさい、余をバカにする事は許しましょう、だけどエルフライダー様を冒涜するのは許せない、エルフ如きが、いや、エルフでも無い者がっ」


「お姉さまと同じ事をっ!長老だってエルフだろう!」


「はは、耳が尖がってて魔法が使えて美形であればエルフだと、傲慢もここまで来れば笑いの種だ、そんなものはエルフでは無いのです、慧十十、貴方も余もエルフでは無い、エルフを名乗れない」


「な、何を、狂ったか!春の陽気に染まるにはまだ早いと思うよ」


「エルフは餌だ、餌にすらなれていないエルフは餌以下の生きる価値の無いゴミです、あの方に捕食されて初めてエルフはエルフになれる、可哀想な事です、貴方はまだエルフでも生き物でも無い、道端の小石です」


何時もの胡散臭い笑みを浮かべて10歳にしか見えない老獪な生き物が微笑む、エルフは誇り高き種族だ、それを根本から否定しつつ長老は歓喜に震えている、自分を抱き締めながら狂った思想を垂れ流す。


こんな狂った思想を垂れ流しつつ悦に浸る生き物が自分たちを導いていた指導者?あまりの現実に笑えて来る、こんな汚らしい肉塊を手に入れる為だけにこれだけの労力と時間を使ってこの箱庭を作り上げたのか?


前髪を長めにして長短の段差を演出して軽さを出したショートヘア、男の子のような髪型だが幼くも絶世の美貌を持っている彼女には必要の無い心配だろう、何処か中性的な印象があるのはこの集落の父として母として振る舞ったから?


日頃は外に出ないのでやや薄気味悪い程に肌は白い、エルフの特徴的な耳が汚い言葉に呼応してピクピクと興奮するように動く、胡散臭い笑みは相変わらずのまま、そう、何時も聖女のような笑顔を浮かべている、その実態がコレだ。


「だから余はエルフになりたいっっ、道端の小石から『普通』のエルフになりたいのですっ!」


「ふ、普通」


「そうでーす、あの方に吸収されて血肉と糞尿になる事でやっと普通のエルフになれるのでーす、あはははははは、だから余も慧十十もまだエルフとして生きていないんですよ、この集落の皆もですねー」


「ある意味では普通じゃないよ、その思想」


「死相が見えてるのは貴方ですよ、渡さないとここで処分します」


魔力が膨れ上がる、夢見の精度でも勝てないっ、ここに来て殺されるのか?お姉さまも集落の皆も救えないでこんな狂人になぶり殺しにされるのか?怒りで思考が染まる、この集落の愛すべき皆はほぼ全て長老の手先。


どうすれば良い?お姉さまを助けたいっ。


「とぁ」


魔力も何も感じない、しかし一瞬で壁に亀裂が広がって粉砕される、まるで外側から小刻みに何度も鉄塊を打ち込んだかのような異常な光景、それが一瞬で広がる様を呆然と見詰める、流石の長老も目を瞬かせている。


恐ろしい俊敏性で一人の少女が降り立つ、空気を切るような音、鋭利な刃物が音速で通り過ぎればこのような音になる?紅紫(こうし)の色彩を持つ髪は腰の辺りでバレッタで留めている、太腿近くまで伸びた髪の毛は髪型と合わさって犬の尻尾のようだ……歩く彼女に合わせて揺れる。


瞳は澄んだ水色で畔の水面のように穏やかだ、全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無い、機能美を極めたかのような素晴らしいものだ、10歳ぐらいにしか見えない少女が保有して良いものでは無い、しかもエルフですら無い。


洒落っ気の無い真っ白な胴着に真っ白い肌、視覚から入る映像は驚きの連続で思考が停止する、この少女もまたエルフに匹敵するかそれ以上の美貌を持っている、瞳は畔の水面のように穏やかで色彩も水色だ、美しい、美し過ぎる、何なんだ一体!


「…………おー?弟の命令で、どっちかを、殺せば良いのかな……ども、九怨族の手奇異(てきい)です」


髪を纏めている銀細工(ぎんざいく)で拵えたバレッタが光る、物の本で見た事のある懶漢靴(ランハンシエ)と呼ばれるカンフーシューズが不機嫌に砂利を広げる。


何処までも怠そうな瞳で幼女は感情の無い声で呟いた。

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