第235話・『来週からじっちゃんに触れようとしたら悟○がブチ切れ瞬殺するわけですね、あ、長老です』

長老の家の前に転がり込む様にして到着する、警備の者が急いで駆け寄って来るが怒鳴り散らすようにして追い返す。


何かを訴えるような瞳で睨んで来るが構わない、この集落が滅ぶかどうかの瀬戸際なのだ、お姉さまは確実にこの集落へと足を進めている。


知性を失ったせいなのか理性を失ったせいなのかその足取りは遅い、この集落への道すら忘れてしまったのか?あの賢く秀でたお姉さまが?現実を直視しろ。


集落の皆が駆け寄って来る、尋常では無い気配を感じ取っての事だろう、だけど長老と二人で話がしたい、人数がいればそれだけ多くの疑問が湧き出る、いちいち相手をしている暇が無い。


さらに怒鳴り散らすと顔面を蒼白にした後輩が長老の住居の中に消えてゆく、永遠のような時間、謁見の許可が出たと全身を震わせながら口にする……そこそこ可愛がっていた後輩だ、現状を正しく把握している。


そのまま案内されて建物の中に入る、皆も続こうとするが警備の者が手を広げてそれを拒否する、よろしい、貴方たちが死ぬかどうかの問題なんだ、それを回避する為の謁見なのに貴方たちが邪魔をしたらお話にならない。


長老の住居は広い、久しぶりに足を踏み入れるが妙な線香の香りと整然とした佇まいは以前来た時と変わらない、血が繋がっているとはいえ好んで足を踏み入れたい場所では無い、開かれた空間へと出る、天井が高く円のような形をしている。


そこに一人の幼女がいる、幼女なのに醸し出す雰囲気は大人のソレだ、何処か怠惰で何処か疲れを感じさせる、わかっている、この集落を発展に導きながら本当は全てに興味が無い、どうしてそれが誰もわからないのだろう?自分だけが理解している?


「余の可愛い慧十十がこのように焦るとは悲しいです」


「ハァハァハァ、知っている癖に、夢見の力で知っているでしょうが」


「知っている、余は知っている、だけど少し落ち着きなさい、まだテレルルはこの集落には来ません、森の魔物を殺すのに忙しいようですから」


「ど、どうしてっ、そんな無意味な事をっ」


「はぁ、全部に答えるのは余も疲れます、まあいいでしょう、今の彼女はエルフでは無い者を、エルフでは無い命を屠るように命令されていますか」


「め、命令?や、やっぱり操られてっ」


「そうですね、操られてます、そもそも腹筋っぽいので命令を与えられたら喜んでやっちゃうんですねあの子、余の……久々利拿(くくりな)の命令も喜んで受け入れてましたし」


「お姉さまをバカにしているの?」


「いえいえ、頭では無く腹筋で思考するのは悪い事では無いですよ、ほら、腹でモノを考える人は腹黒いですが腹筋でモノを考える人は腹黒くも無く純粋なおバカさんですし、あ、バカにしちゃった、へへ」


「貴様っ」


「はい、みんなの天使の久々利拿ですよー」


皆の前とは口調が違う、これがこいつの本当の姿だ、無邪気な笑顔で悪意を振り撒く幼女、全ての未来を観測し全ての未来を望む様に変える、化け物、エルフの化け物、恐ろしい化け物に屈服したくなる、それはきっと幸せな事。


二人っきりの時はこうやってお姉さまをバカにする、あれだけ忠義に厚いお姉さまを平然とバカにするのだ、だらしの無い恰好で伸びをしている、幼女の姿で悪女のように笑う様は見ていて吐き気がする。


「天使では無いよ、こんな邪悪な天使がいるものか」


「はいはい、本当の天使はシスターが変身するんですよ、へんしーん、あはは」


「いい加減、こっちの話を聞いてくれないか?」


「つまらない話では無い、それはわかっているのです、テレルルに埋め込まれた肉片の事でしょうに、あれを取り外せと?」


「出来るの?」


「さあ、やってみないとわからないですね、遺伝子の配列パターンを埋め込んで除去する魔法ならありますが、いきなり本番は余もなー、死んだら怒るでしょう?」


「し、ぬ?」


「腹筋が死んだら怒るでしょう?あーあ、その前に実践出来たら精度を上げれるのですがね」


その言葉に深い意味は無いはずだ、理屈は通っている、折れた右腕が既に魔法で完治している、だけど少しだけ痺れるような感覚があるのはあの一撃がそれだけ恐ろしいものだったと我が身に告げているのだ。


長老の言葉に喉を鳴らす、麻の繊維を編んで作る麻袋………それをゆっくりと差し出す、無論視界には入っていたはずだ、なのに何も言わなかった、肉片は既に脈動する事は止めて停止している、これを慧十十(えとと)は使えなかった。


これを使えばお姉さまを止められる、しかしそれは罠だ、二人揃って同じ化け物になるだけだ、だけどこれを実験台にする事でお姉さまは救われる?


「エルフライダーの細胞、お姉さまが植え付けられたモノと同じ、状況はわかっているよね?夢見の力で……これで、これを予行練習にしてお姉さまを」


「はい」


―――――――――――違和感、麻袋を背中に隠す。


「おやおや、どうしたのですか」


「どうして今、そんな風に笑ったの?」


「どんな風にでしょう?」


「欲しかったモノを手に入れたような笑顔」


その瞬間に長老から笑顔が消えた。

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