第234話・『亀仙○が悟○の背中を優しく擦るの最高だ、あああ、尊いぜ、あ、祟木ちゃんですよ』

森の中を駆ける、死ぬわけには行かない。


お姉さまがお姉さまで無くなっている、殺される所だった、友達の風の妖精が庇ってくれなかったらあの奇妙な尾で切断される所だった。


お姉さまは逃げる自分を見下しながら背を向けた、集落へ行くと言っていた、長老を供物として捧げると、既にまともな思考を持っていないのか回り道をしている。


自分の方が早く集落へと到着する、長老の事は嫌いだっ、大嫌いだっ、しかし死んで良いとは思っていない、集落の皆には彼女だけが頼りなのだ、自分がいなくなった後もあの集落を発展させてくれないと困る。


一番大好きなのはお姉さま、だけどそれ以外の仲間たちが死んでも良いとは思っていない!人間は死を前にして自分の本心に気付く、折れた右腕が激痛を訴えるが我慢する、利き腕、これでは戦えない、弓矢は使えない。


お姉さまの腰の付け根に生えた奇妙な器官………あれがお姉さまをおかしくさせている?まさか会話も出来ずに襲われるとは思わなかった、一振りで木々が幾つも折れた、恐怖、妹の事を全く認識せずに蕩けるような笑顔を浮かべていた。


「くっ、あれは魔法では無い、錬金術?いや、それよりももっとおぞましい、ひ、酷い、可哀想なお姉さま、でもっ」


長老ならきっとアレをどうにかする術を知っている、あらゆる魔法を行使して夢見の力で危機を回避する、彼女の事は大嫌いだがその力は信用出来る、何か計画があるにしても自分の住処は大事だろうに、それとももう夢見の力で?


遠くで木々が折れる音がする、まだあんな所にいるの?もしかして森の獣を襲っているのだろうか?あの事件から新しい命も誕生した、子供たちの笑顔が浮かぶ、なんだ、お姉さまの事を大事と口にしながら他にも大事な存在がいたのか。


滑稽だ、でも必ずお姉さまは救う、皆も助ける、数時間前まで集落を去ろうかと本気で思っていたのに今は本気で集落の皆を心配している、そ、そして何よりお姉さまを!あの尻尾は何なんだ?魔力は感じない、しかし瘴気は溢れている。


この世界に突然投げ込まれた遺物、完全にお姉さまと一つになっていた、皮膚の無い剥き出しの臓器、恐ろしい臭いを振り撒きながら全てを溶かす、お姉さまは言った、あれこそがエルフである証拠だと、お前はエルフでは無いとまで言われた。


耳が尖っているだけの奇妙な猿め、そう吐き捨てたお姉さま、お姉さまだってエルフなのにどうして、耳だってちゃんと尖っているよ?投げ掛けたい言葉は巨大な暴力によって一瞬でかき消された、醜悪な尻尾は醜悪な液体をまき散らしながら木々を薙ぎ倒した。


この腕はその時に―――痛みよりも使命感が勝る。


「必ず助ける、お姉さま……でもアレは?あんなもの見た事が無い」


長老以外のエルフだと相手にならないだろう、あの器官は魔力を吸収して消滅させる、撒き散らす粘液は大地を溶かす、それを完全に自分のモノとして扱っていたお姉さま、笑っていた、最高の笑顔だった、ずっと自分が見たかった笑顔だった。


心の底から幸せそうに笑うお姉さまに一瞬意識が奪われた、あああ、どうしてそんな風に幸せそうに笑うの??その笑顔を自分は欲していた、自分だけに向けて欲しかった、あの日、魔物から助けてくれたあの日、ほんの少しだけ薄く微笑んでいたお姉さま。


だけど今は違う、蕩けるような至福の表情、全てが極まったと言わんばかりの清々しい表情、乙女の笑顔、幸せを甘受する笑顔、う、羨ましい、あれは誰に向けられた笑顔?長老でも無い、自分でも無い、い、いや、操られているだけだ、気にするなっ。


「エルフ、あれがエルフの本当の姿?何でそんな事を………エルフじゃないよ、あんなの」


「おっと、止まろうか、はは、敵意を向けられても困るな、自慢じゃないが私は弱い」


声がした瞬間にお姉さまをあんな風にした奴の仲間かと敵意を向ける、草むらの中から一人の幼女が顔を出す、エルフである誇りがまた砕ける、美しい幼女だ、エルフでもこのように美しい存在は滅多にいない、いや、いないか、いやいやいや、怪我で思考がおかしくなっている。


覇気は恐ろしい程にあるのに武の匂いは感じない、しかし平伏したくなるようなカリスマがある、デニムのホットパンツにノースリーブのトップス、幼いのにどうも色気がある、人間で言えば10歳ぐらいだろうか?折れた腕を意識しつつ距離を測る、何なんだ、この子は?


赤いフレームをした眼鏡の奥で瞳を細める幼女。


「おや、怪我をしているのか、大丈夫か?」


「だ、だれ?」


「私は祟木、いや、本当はこんな危険な任務を与えられるような一部では無いんだがな、具現化出来るのはもう雑魚の私ぐらいのようだ」


「何を言っているの?おかしいな、幻覚でも見ているのかな」


「そう思うならそれで良いよ、あ、大切なお姉さまの事だけど期待しても無駄だと思う、エルフの長老?でも瞬殺出来るぐらいに強化したから……私の言葉では無くて伝言だからな」


「ち、長老でも、無理?」


「捕縛する事も殺す事も無理らしいぞ、だからここに来たんだ、私をおつかいに出すとは困ったモノだ、ぷんぷん、学者なので体力は無いんだぞ」


太陽の光を連想させる金糸のような髪が美しい幼女が微笑む、その言葉を信用するかしないかは別として意識的に自分の中で必死に押し殺していた事実が浮かび上がる、長老でも今のお姉さまには勝てない、そもそも魔法では無いあの尻尾を除去する事は不可能。


「落ち込むな、だからおつかいだ」


「え、あ」


「おつかいだ、おつかい祟木だからな、論文は発表出来てもおつかいが出来無いのは恥ずかしい、だから気張っているのさ」


金箔を使用した金糸よりも生命に溢れていて見る者を魅了する髪、肩まであるソレを側頭部の片側のみで結んでいる……サイドポニー、活発的な口調な彼女にとても良く似合っている。


瞳も同じように金色だ、見た目は愛らしいのに何処かライオンを連想させるような大らかで強い瞳、肌は透けるように白い、まるで太陽を知らないように、ああ、学者と言ったけ?混乱する。


「えっへん、おつかいも出来るからな私は」


「あ、あの」


「お姉さまを救う特殊アイテムだ、使うか使わないかは君次第だぞ」


びち。


びちびちびちびち。


びちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびち。


「同じモノだ、はは、えっへん」

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