第233話・『やっぱ亀○人のじっちゃんは最高だ、泣いた、むせた、あ、姉さん進化中です』

尾行するのは得意だ、お姉さまの異様な態度に不安を覚えた、既に気配を隠す事も忘れて殺気を放っているお姉さま。


殺気?それは何に対してだろう、森の中を駆けながら疑問に思う、先程の件も疑問が残るが今もそうだ、誰もいない森の中で殺気を放っている?


全てが疑問でしか無い、殺気は徐々に膨れ上がっている、木々が怯えるように騒めいている、そして自分自身も怯えるように震えている、あの果実の量、誰かに会いに行こうとしていた?


だとすればその人物に殺気を放っているのだろうか?殺気は膨れ上がりそれに呼応するように疑問も膨れ上がる、お姉さまはどうしてしまったのだろうか?長い付き合いだがあのようなお姉さまを見た事が無い。


何時も沈着冷静で長老の命じるままに戦う剣士、しかし決して傀儡なわけでは無くその胸の中に強い信念がある、魔物を追い払った後に手を差し出してくれた、あの時から自分の命はお姉さまのものだ、だから集落を出る事を止めた。


夕焼け色に染まった森の中は普段と少し様子が違う、ああ、集落を抜けだした時もこんな時間帯だったような気がする………今度は自分が追う方でお姉さまが追われる方、何だか少しおかしくなって喉を鳴らす、しかし殺意は膨れる一方。


お姉さまがこのように無様に殺意を振り撒くとは驚きだ、殺意や憎悪は剣を鈍らせるとあれだけ口にしていたのに?だとすればまともな状態では無いのだろうか?心配になる、不安になる、心が掻き乱される、動揺してしまうのだ。


長老の親戚だからと皆から敬意の目で見られる自分を唯一叱ってくれる存在、それは大切な得難いモノだ、とてもとても大切なもの、ついつい構って欲しくていい加減な仕事ばかりしてしまう、あの人に叱られていると生きていると実感出来る。


真っ直ぐに自分を見てくれるのだ、それに引き換え長老のあの目、幼い瞳に宿った感情はドロドロとした真っ黒のソレ、まるで獲物を見るような不可解な目、貴方は何の為にエルフの同胞を育て慈しんでいる?何か計画の為?疑問は膨らむ。


「慧十十は騙しきれないよ、お姉さまは騙せてもね」


膨らむ殺意がお姉さまのものと認めるのは中々に辛い、だったあの人は感情を制御するのに長けた人だから、だからこそ集落の人間では無いと断言されても感情を殺して集落に長老に奉仕出来た、ここまで感情を表に出す事は珍しい。


殺意って感情なのかな?少なくとも内から溢れ出るものだからやはり感情なのか?だとしたら少しだけ嬉しい、お姉さまの本心が聞けているようで嬉しいのだ、何時も何時も私に隠し事をする嘘の下手なお姉さま、そんな所も大好きだけどね。


夕焼けの世界は哀愁を誘う、このまま二人で集落を出るのはどうだろうか?今回の件で確信した、やはり長老は信用出来無い、夢見の力を使って世界を自分の都合の良いものに書き換えている、その為に情報を小出しにするし捏造もする。


エルフライダーは矢に射ぬかれても死ななかった、能力では無く体質、あのような情報すら与えてくれなかった、単に集落を襲うエルフの天敵だと口にするばかりで誰も傷付かない方法を真剣に模索したとは決して思えない、何が目的だ?


お姉さまの身に起こった異変と関係があるのか?そこで一つの疑問が浮かぶ、やはりエルフライダーを倒すのはどう考えても難しいように思える、魔力を帯びた上に毒を塗り込んだ矢でもあの始末だ、殺せる方法が思い浮かばない。


それなのにお姉さまは討伐したと口にする、証拠もある、しかしそれが全て捏造だとしたら?だけどお姉さまがそれをする理由が無い………エルフライダーを庇っている?長老の予言のような存在では無くて情が出た?これはありそうだ。


冷酷に徹しようとして情を捨て切れないのがお姉さまだ、木々の隙間を抜けて降り立つ、風の妖精が騒いでいる、危険だと告げている、この先に居るのはお姉さまなのに何が危険なのだろうか?しかしもしもの場合もあり得る。


記憶や感情を制御して他人を支配する魔法は幾らでもある、お姉さまもあのエルフライダーとやらに操作されている?確かに違和感はあったが操作されているようには見えなかった、恋をした?それこそバカな、お姉さまが恋をするのはっ!


赤面してしまう、自意識過剰?それこそバカな、同性でさらに疎まれているのだ、信じ込まないとやってられない。


「この臭い」


異臭がする、鼻の奥を刃物で傷付けられたような強烈な異臭に足が止まる、吐き気を催してそのまま唾液をダラダラと垂れ流す、酔いを覚ますのに似ている、お姉さまがいると下品だと叱られそうだが仕方ない。


あまりに強烈な臭いに体がこの先に向かうのを拒絶している、いや、行かないでくれと必死で懇願している、だけどお姉さまの身が心配だ、長老に騙されていようがエルフライダーに洗脳されていようが構わない、魔法による支配なら解除すれば良い。


理性を最大限に働かせて拒否反応する体に命令する、もう少し、もう少しでお姉さまに会える、あの人がどんな状態でも自分は受け入れる、このまま集落を旅立っても良い、あの日と同じように、懐かしいよお姉さま。


そこにいた。


「お姉さま、この臭いはっ」


問い掛ける、ああ、何時ものお姉さまだ、体をくの字に折り曲げて奇妙な動きをしている、まさか吐瀉している?距離があるのでわからない、枯れ葉を踏み締めながらゆっくりと近付く、


ふんわりと結んだポニーテールが印象的なお姉さま、手櫛で調整したようなラフ感のあるポニーテールが実に可愛い、そのせいで少し幼く見える、本人は幼く見られる事を嫌うけどその髪型のせいだと気付いていないのも可愛い。


琥珀色(こはくいろ)の髪が木々の間から差し込む夕日の光を受けてキラキラと輝く、古代の樹脂類が土中で石化する事で発現する命の色、同時に死の色でもある、とてもとても美しい髪だ、あまりの眩さに目を細める、お姉さまの体が奇妙に脈動して揺れる。


肌の色は透けるような白色、初雪を思わせる白い肌、一切の無駄の無い肉体は確かな機能美に満ちている、手足は長く顔は小さい、睫毛は長く眉毛は綺麗に整っている、だけどその表情は何なのだろう?何かに気付いたかのような表情。


瑪瑙と一緒で貴石と名高い琥珀色の髪を見詰めながら首を傾げる、竜胆色(りんどういろ)の瞳が愉悦によって細められる、竜胆の花のように儚く薄い青紫色のソレは以前とは違うように思える。


「あん?誰だお前、尾が無いぞ……エルフでは無いな、キョウに仕えるエルフでは無い」


無表情になる、その言葉が理解出来ずに立ち止まる。


美しいお姉さまの顔には何も無い、何も感情が無い、いや、やはりまた愉悦に染まる。


「へ」


間抜けな一言、だって言ってる事がわからなかったから――――。


お姉さま、その蠢いているものはなぁに?美しいお姉さまには似つかわしく無い程に醜悪だけど。


そんなもの生えていたっけ?

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