第232話・『エルフの特徴は剥き出しの尻尾』

体が震えている、歓喜なのかこれからするべき事に対する恐怖なのか?自分自身の感情が理解出来ずに笑う、鎧は着込んでいない、レイピアだけが腰に下げられている。


装飾を施した柄に手を当てて気配を探る、案の定、妹の気配が近付いて来る、キョウを失った事で動揺したのだろう、気配がダダ漏れになってしまったので仕方が無い。


それにこちらが用事がある、キョウの愛らしいげっぷを見たい、餌を沢山与えればそれが見れると言っていた、妹と長老のその夢見の力こそが最高のスパイスだとも言っていた。


最近は少し疎ましいと感じていた、しかし愛情が無いわけでは無い、それを捧げろと言われた、その言葉を何度も噛み締めながら自分がどうしてこんなにも冷静なのだろうと怖くなる。


「長老と慧十十(えとと)を捧げれば私は永遠にキョウと一緒にいられる、あ、あの美しい魔物の少女のように寄り添って生きていける」


何て甘美な響きなのだろう、永遠、この山小屋で僅かに過ごした時間ですら人生に置いて最高の至福だった、それが永遠に続くだと?彼女の話だとキョウは大陸中を旅しながらエルフを捕食しているらしい。


エルフライダーはエルフを食べる生き物でそれは仕方の無い事だと言っていた……あんなにも愛らしい姿をしているのはエルフを動揺させる為だろうか?美しいエルフを動揺させ油断させる為にエルフより優れた美貌が必要だった?


「逃げれば良いのに、状況も理解出来ずに来るのか慧十十、わ、私は、わたしはぁ」


気紛れだった、賢い子供だと思っていたし狡い年下だと見下していた、長老を信用せずに輪を乱す癖に優秀な存在、長老と同じ一族の出身らしくそれを誇りに思っていないばかりか嫌悪している、そんな少女だった、あの日までは。


魔物に襲われていた少女は庇護すべき存在だった、集落の中ではあんなにも生意気だったのに少し家出をして見れば膝を抱えて泣いている、幸いな事に魔物も強力な種では無かったので魔法で一掃した………私を見上げた瞳には親愛の情が芽生えていた。


そしてそれは私も同じだ、真っ暗闇の森の中で再会した慧十十……少々特殊な環境だったせいか抱き付かれて泣きじゃくられても自然と頭を撫でていた、こいつは長老の事を嫌っているのに、それなのに私はそいつの事が嫌いにはなれなかった、だから姉妹になった。


指を立てて長老がどれだけ素晴らしい人なのか説明しても鼻歌を吹きながら何処かへと消えてしまう、気紛れで風のような妹、何処までも長老に忠実で集落の為に尽力する私、正反対の姉妹だがそこそこ上手くやっていたように思える………ああ、そう、大切な妹だ。


「え、餌、餌になるとどうなるんだっ、死んでしまうのか、ぁぁ」


お尻の付け根に埋め込まれたキョウの肉が奇妙に疼く、毛の無い尻尾、これを埋め込むことで徐々に私はキョウに近付けるらしい、抵抗感はあったし他人の肉を自分に移植する事に嫌悪感は確実にあった、例えそれがキョウの肉だとしても仕方が無い、他人の肉は他人の肉だ。


それがビチチッと跳ねるようにして暴れる、神経が繋がっている……剥き出しの器官だ、空気に触れるだけで焼けるような痛さ、これを埋め込めば長老にも勝てると言った、夢見の力と巨大な魔力を有する長老に勝てると、ああ、そうだ、彼女は最後に言った、最後に言ってくれた。


もしも、もしも心が痛むのであればどちらか一匹だけでも良いと、つまりは長老か妹かのどちらかを捧げれば許してくれると、しかしキョウはお腹が空いている、そんな事をすれば私は確実に嫌われるらしい……お肉を両方くれなかった意地悪としてっ、思考が乱れる。


ど、どちらを捧げる、あああああああ、毛の無い尾が空気に触れていたいぃいいいいいいいいいいいいい、いた、きもちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい、あれ、なんだっけ、なんだっけ、何を考えていたんだ私は?


「し、尻尾か、キョウの尻尾はまるで性器だな、私の生気を吸ってこんなにも雄々しく跳ねて」


手の甲をしっかり覆う湾曲した金属板に体重を預けて何とか倒れないように維持をする、自慢のレイピアも今では杖のような扱いだ、この聖剣も慧十十がプレゼントしてくれた物だ、あの子は妖精に好かれやすいからな、風の妖精をレイピアに宿らせたのだ。


女同士とはいえ武器をプレゼントしてくれるとは私の事をちゃんと理解している、大切な妹か近付いて来ているのがわかっているのにそちらに向かう事も出来無い、産まれたての小鹿のように足を震わせながら私は何をしている?ああ、レイピアもプレゼント。


この毛の無い尻尾もキョウから与えられたプレゼント、粘液をまき散らしながら放屁のような音を鳴らして脈動している、キョウの可愛らしい笑顔とこの醜悪な器官が自分の中では未だに結びつく事が無く混乱の極みの中にある。


「あ、暴れるな、くっ、本当に暫くしたら服に収まるサイズになるのかっ、ひゃ」


しかし暴れる姿はヤンチャなキョウを連想させる、自分の指で触れると体が大きく跳ねる、新しく出来た自分の器官は私本人よりもこの体を支配しているようだ、この過敏性、これが一生続くのであれば自分は死んでしまうだろう、容易に想像出来る。


赤や黄色や黒は一般的には警戒色であり危険色だ、この毒々しい尾はそのような色合いに少しずつ変化しながら再生を繰り返している、そう、崩壊して再生して徐々に私に馴染んでいる、それは奇妙な疼きでもあり圧倒的な快楽だ、き、キョウの尾だ。


一人じゃない、私はキョウと一緒にいる、吐き出された体液、私の本来の体の仕組みを忘れるぐらいに濃度と温度が高い熱濃硫酸のようなものが垂れ流しになっているのがわかる、植物を溶かし石を溶かし奇妙な煙を生み出す、はは、な、なんだこれは。


「き、キョウ、キョウっ、私はお前の肉を移植したぞ、もう、戻れないんだぞっ」


戻れるわけが無い、これでは魔物より醜悪な生命体だ、集落に戻れないのか?いいや、これを何とか小さくするんだ、彼女は出来ると言っていた、念じる、祈る、しかし尾は肥大化するばかりで容易に私の決心をへし折る、ふへぇ、粘液出すの気持ちがいい。


全身がガクガク震える、尾も震える、当然だ、尾は私の尾は私のお、お、尾なのだから、尾が私なのだから、そうだ、尾が私で付随品は私で、尾が、尾が、尾が、尾、キョウのしっぽ、このしっぽこそがエルフの誇りだ、尻尾の無いエルフはエルフでは無い。


尖った耳では無くエルフをエルフとしているのはこの尾なのだ、毛無しの尾!誇り高きエルフの血が私に力を与えてくれる、素晴らしいぞ。


「お姉さま、この臭いはっ」


「あん?誰だお前、尾が無いぞ……エルフでは無いな、キョウに仕えるエルフでは無い」


「へ」


何かが草むらから出て来た、尾が無い。


敵だろうキョウ?

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