第229話・『妖精を独り占めして邪気と瘴気に塗れてキス』
「そうなんだ、使ってないんだ、能力、ふあ」
「主よォ、それって大丈夫なのか?もし何も反応無かったらまた集落を襲うとかで狙われちまうぞ」
「多分、能力を使わないでも素でいるだけでどれだけエルフに影響があるか見てみたい、グロリアと決めたんだぜ、触手はしたけどな」
グロリアはまだ帰って来ない、添い寝してよと甘えると『良いよ』と何の戸惑いも無く返された、粗末なベッドの上で二人で丸まるのは至極の喜ぶ、ユルラゥは部屋の中を自由に飛び回りながら遊んでいる。
本来は自由な気質の妖精に部屋から出るなと口にするのは少し心が痛い、だけど主が心配だからとニシシと笑ったユルラゥの気持ちを汲んで何も言わない……影不意ちゃんは俺が返事をする前に既にウトウトしている。
肉体に取り込んでいない珍しい一部だ、取り込むつもりは無い、こうやって肉体が別にある一部は何だか特別だ……安らかな寝息が聞こえて来たのでそのまま抱き締める、お眠り、甘やかせてくれてありがとうだぜ。
「おォ、寝ちゃったのか、困った大賢者様だぜ、主は寝ないのか?」
「耳がスース―して寝れないぜ」
「妖精の唾液には大量の魔力が含まれているからなァ、興奮しちまったかな?わりぃわりぃ」
「別に怒ってねぇよ、おいでユルラゥ、色々と教えてくれ」
「おっ、お呼びだぜ」
枕元に腰掛けながらユルラゥが笑う、こいつは様々な知識を持っている、妖精の知識ってのは少々特殊だ、人間の世界では通説でも妖精の世界では戯言だと一喝される、エルフに関していえばエルフの祖先と呼ばれる妖精に聞くのが一番だ。
森の香りがする、妖精の体臭?ユルラゥは長い足を組んで何だか偉そうだ、俺の方を見詰める瞳は何処までも優しい、こいつは妖精で自由で誰にも縛られないはずなのに俺の肩には腰を下ろす、それがとても嬉しい、誰かに自慢したい程に嬉しい。
瞿麦(なでしこ)を彷彿とさせるピンク色の髪が俺を魅了する、そのピンク色の長髪はしっかりとしたウェーブで腋にかかる程度で切り揃えられている、親指で撫でてやると気持ち良さそうに目を細める、自由な妖精は俺だけの妖精、誰にも渡さない。
「エルフって妖精から進化したんだろ?俺が能力を使わなくてもどうにかなるかな」
「エルフライダーは神の眷属に対する干渉がヤベェから大丈夫だと思うぜ、例えば主が妖精の里に顔を出したら大変だぜェ」
「ど、どうなるんだ?」
「自由な妖精は全て支配される妖精になる事を望むんじゃねぇーかな?エルフに関しても同じ事が言えるぜ、あんだけ山小屋で同じ時間を過ごしたんだぜ?」
「お、おう」
「脳味噌がトロトロになって正常な思考を失ってるんじゃねぇーかなァ、いや、異常な思考がそいつにとって正常で正常な思考が異常に感じられるんだろうなァ」
見た目は人間だと十歳程度の我が妖精、肌は艶やかで弾力がありそうな『赤ちゃん肌』だ、穢れの無いその肌も何でも無いように口にする内容のせいで全てが禍々しく思えてしまう、やや吊り目がちの瞳は縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色。
透けるような色合いの瞳をしているのにその奥は好奇心を含んだ残虐性に支配されている………服装は一枚の長い長方形の布を体に複雑に巻きつけてピンで固定している……真っ白な無垢な色合いの服装、なのに同族のエルフを語る口調は何処までも毒々しい。
だって人殺しが大好きな妖精だから。
「一部にする方が優しいと思うぜェ、惚れさせて何をしようってんだ?」
「俺に惚れたエルフが仲間を裏切るのが見たい、みたみたいみたい」
「オレの残虐性が主の中で生きていると感じてると濡れちまうぜェ」
「大事なユルラゥの悪意を大切に俺の中で育てて来たんだ、もっと近くに来て」
「頬にキスしちゃる」
「悪意を持ってか?」
「バカ言え、主には愛情しかねぇよ」
上を向いた睫毛が好奇心に揺れる、体を左右に揺らすと背中に生えた透明の羽が愉快に踊る、羽の形は蝶々のようなのに透ける様は蜻蛉のようだ、靴を履かずに素足を宙で遊ばせているが……生意気で可愛いぜ。
チュッ、キスされる。
「でもあのエルフには愛情を与えないで単に夢中にさせたんだろォ?主は酷い女だぜ、見習いたいぐらいだ」
「そう、かな、もっとキスしてェ」
「はいはい、オレの可愛い主が仕上げたエルフの出来が楽しみだな………ひひ」
「キスして」
「妖精のキスは安売り中だぜ、エルフのキスよりは高いけどよォ、主♪」
仕上がりか―――なるべくぶっ壊れて直視できないぐらいが良いなァ。
キスの感触に酔い痴れる。
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