第228話・『大賢者と妖精とイチャイチャするだけ』

楔は打ち込んだ………岩の塊を割る為に用いる青銅の楔が心に深々と突き刺さっている、後はあいつがどう成長して俺の為に何が出来るかだ。


エルフの集落からほど近い街に身を寄せながら欠伸を噛み殺す、グロリアの攻め手は激しくて陰湿なのに愛情に満ちている、昨日のアレを感じさせる痕に溜息。


白い肌はすぐにこうだ、ベッドの上で丸まる、グロリアは街へと買い出しに向かっている、明日ぐらいにもう一度エルフの集落に足を運ぼうと言っていた、ふふん。


足の傷は癒えたはずなのにまだ歩き難い、グロリア曰く特殊な魔法を帯びた刃物で斬られたらしい、適切な処置をしてくれたのでもうすぐ歩けるとか、お姫様抱っこでここまで来たぜ。


急ぎの宿泊だったので割と貧相な宿だ、いやいやいや、貧相って言ったら失礼だけどな、寝床があるだけで食事も出ない、一階にある台所は共有で料理は勝手にしてくれとの事だが俺達以外に客がいねーしな。


ついでにグロリアはエルフの集落まで様子を見に行くらしい、あれだけ派手な容姿をしているのに隠形にも長けているだなんて本当に何つー女だ、頭を撫でられる感触に目を細めながらウトウトする、グロリアがいないって事はなっ!


召喚し放題だぜ。


「それで僕を召喚とは、本当に我儘なんだから」


「影不意ちゃん、俺は怪我人だぜ?丁寧に介抱してくれないと死んじゃうんだぜ」


「そうか、それは一大事だね」


「オイオイ、主を甘やかしたらダメだぜ?」


「ユルラゥはもっと頑張って耳の穴を舐めろ、気持ちいい」


「妖精にさせる事じゃねぇーだろ、ぺろ、うん、健康だぜ、監禁生活はどうだったよ?」


「飼われるならあんなエルフより影不意ちゃんやユルラゥに飼われたいな、ふふ」


「へー、バカ言ってるから元気だぜ、この主」


「そうだね」


影不意ちゃんを召喚したついでにユルラゥも具現化した、体力が落ちているので麒麟や使徒や魔王組は少しキツイ、ましてや上手に歩けないのだ、せ、世話をして貰わないとトイレにも行けないっ、ユルラゥは俺の耳の穴に小さな頭を突っ込んで熱心に舐めている。


気持ち良い、あんあん喘ぐと嬉しそうに舌の動きを激しくする、そんな俺をジーッと見下ろしながら一心に撫でる影不意ちゃん、虚空の様に何も映さない瞳、海緑石のような灰緑色の瞳、目尻に涙が溜まっていて眠そうだ、何時も眠そうなのが俺の大賢者だ。


肌は日の光を知らないのかと問いたくなる程に青白い、少し透けて見える血管もガラスの繊維の様に頼りなく思える、キクタもグロリアも肌が白いが、これはまったくの別物だ、触れたくて頬に手を伸ばす、ぶにー、引っ張って見る。それでも不細工にならないのは流石。


「にゃにかな」


「いや、美少女ってすげぇなって思っただけだぜ、両方引っ張って見よう、あは、可愛い」


「にゃんだろう、しゅきにしにゃよ」


「うん」


「オイオイ、影不意も説教しねぇと駄目だぜ、今回の監禁は流石に危なかったろ?この前みたいに急に全身が動かなくなったらどうするよ、ぺろぺろ、主よォ、耳掃除はちゃんとしねーと駄目だぜ?」


「監禁されてたんだっつーの」


「おう、そうだったぜ」


「キョウちゃんは身なりをあまり気にしないよね、折角可愛いんだから色々と教えて上げる」


「ゆ、ユルラゥぅ」


「諦めろ主、オレもどうかと思っていたんだぜ?もっとオシャレして楽しんだ方が良いぜ、折角可愛いんだから」


「二人揃って可愛い言うな」


「「可愛い」」


畜生、微睡ながら二人の言葉に反論する、影不意ちゃんが口元に手を当ててクスクスと笑う所作が愛らしい、表情は眠たげな表情で覇気の欠片も感じさせない、全てのパーツが小さくて全てのパーツが繊細そうで……見開けば愛らしいであろう大きな瞳も目蓋で半分隠れてしまっている。


他のイメージに反してやや太めの眉が意思の強さを感じさせる、小さな鼻と小さな口は形は良いものの子供のソレを連想させる、そう、影不意ちゃんはエルフの呪いのせいで成長しない、永遠の幼女、そんな幼い姿をした存在に存分に甘える事に倒錯的な快楽を感じる。


「みみあかー、だぜー」


「綺麗に掃除してあげてね、今度からは自分でするんだよ?」


「う、うん、影不意ちゃんもしてくれよ、こんな風に膝枕してさ」


「別に良いけど、どうして遠慮気味に言うの?」


「お、お母さんと子供みたいだろ!」


「気にしないで良いよ、僕もやりたかったし」


「そ、そう」


そして耳に僅かに髪が触れる程度のナチュラルなショートヘアが理知的な彼女のイメージにピッタリ、目線より僅かに上の自然に流した前髪も似合っている、中性的な容姿に中性的な髪型、そんな彼女に母性を求めてしまうのはどうしてだろう?だって優しいんだもん。


柔らかな広袖のチュニックに触れる、真っ白い法服は村では見た事が無かった、肩から裾には幾つかの筋飾りが入っていて中々に立派なものだ、少女を彩るには些か大袈裟な気もするが影不意ちゃんだと何だか納得。


「れろ、綺麗になったぜ?おっ、イチャイチャしてんな、オレも混ぜてくりー」


「してないよ」


「してた、してたぜ影不意ちゃん!」


俺が叫ぶと意外そうに目を瞬かせる、何だかイチャイチャしていたのを否定されると悲しいぜ……影不意ちゃんの左目に装着したモノクルの下の瞳は優しく細められる、俺の小さなプライドを読み取ったのだろう。


「うん、イチャイチャしてたよユルラゥ」


「おえぇぇ、甘過ぎて吐きそうだぜ主よォ」


「う、うるしゃい」


久しぶりに安らかな時間だ、ああ、やっぱり監禁されるよりこっちの方が良いな。


何倍も良い。

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