第227話・『都合の良い妹、都合の悪い妹、普通の妹』

お姉さまの顔の険しさに逃げ出したい気持ちになる、テレルルお姉さま、何時も着込んでいる革製の鎧は脱いでいる。


しかしそこには何処か余裕もある、純粋に慧十十(えとと)が邪魔だと言わんばかりの表情、眉間に寄った皺が慧十十を傷付ける。


殺気を向けられるのは流石に初めてだ、しかも話し掛けただけでこの有様、納得など出来るはずも無く下唇を噛む、今日の朝にエルフの集落で収穫された特殊な果実を籠一杯に抱えている。


短冊状に細いひも状の素材を細かく組み合わせた籠はギシギシと苦しそうだ、流石にそのままでは話が出来ないと思ったのか地面に置く、そのような荷物を抱えてそんな軽装で見回りに行くはずないよね?


「お姉さま、どちらに行かれるんですか?軽装ですしその荷物、お手伝いしようか?」


「慧十十、そうか、今朝から感じていた気配はお前か」


「ええ、お姉さまが中々に尻尾を出さないので、もう一度言うよ、一緒に運んであげようか?」


「いらん、これは私のするべき事だ」


「するべき、事?長老の命令かな?」


「長老の命令は私のするべき事では無かった、これは私がやりたくて私がしている事だ、長老は関係無い、私がしたいからしているだけだ」


「お姉さまがしたい事ですか?おかしいな、そんなの教えて貰っていない」


「教える必要は無い、私だけのやりたい事だ、お前には関係無い、言ってしまえば誰も関係が無い、私からすれば邪魔者にしかならない、今のお前も」


「あ」


「長老も誰もが私にとっては邪魔者だ、当然、私の目の前で現在進行形で歩みを邪魔するお前は何だろうな?言葉に出来無いぐらいに不快には感じているよ……調べるな、嗅ぎまわるな、見るな」


「お、お姉さま、い、いや」


「どけよ、そう言わないと理解出来無いぐらいに姉妹の絆は―――まあ、そんなものか、私とあの子との絆に比べたら」


「だ、誰の事を言っているんですか、教えてよ」


「私からあの子を奪うのか?」


「ひ」


ふんわりと結んだポニーテールが肩に流れる、手櫛で調整したようなラフ感のあるポニーテールを遊ばせながらお姉さまがゆっくりと歩き出す、既に慧十十の方など見ていない………何時もの様にしっかりとした足取りなのに何故か夢遊病者を想像する。


全く逆の所作だろうと自分自身で否定するがそのしっかりとした足取りに何処かに引きずり込まれるような違和感、何者かに命令されているように感じる、この誇り高いお姉さまが何者かに命令されているだと?それこそバカな、あり得ない、あり得るわけが無い。


長老?しかし彼女の命令を受けた時のお姉さまはもっと毅然としていて誇りに満ちている、今のお姉さまにあるのは何処か夢見るような少女のような笑顔、先程まで慧十十を睨んでいたのに既に視界の隅に追いやっている、悔しい、悔しい、貴方をそこまで夢中にさせるものがっ!


琥珀色(こはくいろ)の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝く、夕焼け色に染まらないその色彩、古代の樹脂類が土中で石化する事で発現する命の色、同時に死の色でもある、とても美しい髪だ、とてもとても美しいのでソレを欲した、お姉さまの美しい髪が慧十十を否定するように輝く。


「私は常日頃から感じていた、ここが私の居場所なのかとな、長老への恩義からこの集落に縛られていた」


「……視界に入らないんじゃないですか?無視するのかと思ったよ」


「聞け、別にお前だけを疎ましく感じているわけでは無い、長老も誰も彼もが私にとって疎ましい、知ってしまえば疎ましくもなる」


「知る?」


「恋をしただけだ、恋をすればそれ以外の事が全て疎ましくなるだろう?」


「お、お姉さまが?」


「そうだ、お前のお姉さまは恋をしている、妹が疎ましく感じる程のどうしようも無い恋だ」


「うとましい」


「疎ましいさ、現にこうやってあの子に与える時間をお前に過ごしている」


お姉さまの肌の色は透けるような白色だ、初雪を思わせる白い肌、一切の無駄の無い肉体は機能美に満ちている……手足は長く顔は小さい、睫毛は長く眉毛は綺麗に整っている、しかしその視線は険しい、慧十十を見る目は何処までも険しく何処でも疎ましいと告げている。


瑪瑙と一緒で貴石と名高い琥珀色の髪、眩い、横切るお姉さまを追って振り返る、夕焼け色の森にお姉さまは向かっている。


「追って来たら殺すぞ、私の事が大好きだものな、最近は長老への反発心を持っている奴らを集めて集団化している、そこそこの勢力だろ」


「ど、どうしてそれを」


「その勢力を使って私の支援をしろ、私に対する悪い噂を全てもみ消せ、この時間帯に森に出歩いていると噂されるのは特に嫌だな」


「あぁぁ」


「私の事が大好きな妹だもの、当然、してくれるよな?」


こんな搦め手、お姉さまでは無い、お姉さまは何時も真っ直ぐで正義感に満ちていて自分とは正反対でっ。


「返事は?」


「はい」


――――――どうしてなの。

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