第225話・『初恋エルフは不器用ながら恋狂い』

頭の中が真っ白になった、既に状況は打破した、集落を襲うはずだった化け物は私が倒した、証拠品となるモノを得る為にそいつの服の一部を持ち帰った。


長老の夢見は細部まで見れる、夢の中の人物と同じモノだと彼女が認めれば誰も何も言えない、私は長老に労いの言葉を与えられながら心の中でほくそ笑んだ。


これでアレは私のものだ、美しく強くお茶目な一面もある愛らしい少女、名前はキョウと言うらしい、キョウ、今日、凶、狂、恐、怯、境、様々な意味合いのソレが浮かぶ。


不吉なようでそうでは無いようで、名前の由来を聞いたのだが本人も知らないらしい、辺境の出身で作物の知識や生活の知恵など色々な事を教えてくれる、剣一筋の私には眩い存在だ。


今日の報告はコレで終わりだ、深々と長老に頭を下げながらキョウの事を思う、不思議な程に長老は何も聞いて来ない、しかしさらに不思議な事に私の長老に対する忠誠心が少しずつ薄れてゆくのがわかる。


頭を下げて建物から出る、皆が訝しそうに私を見るのは何故だろう?そうか、何時もなら集落の周囲を見回りしている時間だがそれを部下に押し付けて報告を済ませてさっさと仕事を終えたからか。


責任は果たしている、本来なら私が見回る必要は無いのだが部下の事を信頼出来ずに自分でしていた、だけど今はそんな事はどうでも良い、それよりも彼女に会いたい、あの可愛らしい化け物と話したい。


ベッドに横たわっていても鍛錬していても彼女のはにかんだ笑い顔が浮かんで胸が疼く、形容し難い感情、狂おしい程の激情、何をしているんだろう?様々なモノを与えたが飽きてはいないだろうか?お昼寝しているだろうか?


彼女は甘える時は存分に甘えるが考え事をしている時や気分が乗らない時は自力で這い蹲って部屋の隅に移動して一日過ごす、そのような時はどれだけ言葉を投げ掛けようが生返事ばかりで反応が乏しくなる、それもまた愛らしい。


「果実を何か持って行ってやろう」


故郷を出るまで裕福な暮らしでは無かったらしく甘いものに目が無い、普段は投げやりな感じで対応するのだがエルフの集落でしか栽培していない珍しい果実を持って行ったら反応が凄まじかった、頬を膨らませて食べる姿が印象的だ。


集落の者になら下品だぞっと注意出来るがキョウには何故かそれが出来無い、満面の笑みで果実を齧る姿があまりにも眩しくてもっと見ていたいのについつい目を背けてしまう、まるで太陽を直視するような圧倒的な輝き、彼女は笑う姿が良い。


時折糸が切れたように無表情になる時がある、瞳に光が無くなり両手がダラリと下げられる、その姿はまるで陶磁器で作られた人形のようだ、山小屋の隙間から差し込む太陽の光を受けて眠る姿は地上に舞い降りた天使だ、素晴らしいっっ!


エルフである事に誇りはある………誰も彼もが神の愛情を受けて美しい容姿をしている、それは誇りだ、神に愛された事実が我々に美貌を与えている、だけれどその事実が霞むほどに彼女は美しい、神から美貌を与えられたと口にするエルフである事が恥ずかしい程に。


どのようなタイミングで糸が切れるのかはわからない、人間やエルフとは全く違う生き物なのだろう、時折感情の波が激しく揺れ動き攻撃的にもなる、口の端を泡塗れにしながら激しい声を上げて威嚇する、どれが本当の彼女なのかわからない。


「すまないな、おまけして貰って」


「いえいえ、テレルル様にこの集落を護って頂いているのですから」


「他の者にも良ければ同じような言葉を掛けてやって欲しい、それではな」


「あっ、そろそろ暗くなりますよ?どちらに?」


「新種の魔物の報告もあるし少し森の方にな、誰にも言わないでくれるか?長老の説教は長い」


「え?そのような長老の説教を聞くのも幸せだと仰って――――」


「そうだったかな、子供心に構って貰えるのが嬉しかったのだろう、私ももう大人だ、少しは変わる」


「い、いや、つい先日まで」


「そうか、恋を知れば少しは変わるさ」


「へ」


店主に手を振りながら立ち去る、エルフの集落は中々に広大だ、年若いエルフばかりで構成された少々特殊な集落だが秩序があり集落の中で商いが出来る程に広い、元々はこれの倍以上の人数が住んでいたのだから驚きだ。


18年前の事件と今回の夢見による襲来、ふと共通点がある事に気付く、それは全て長老の采配の違和感だ、夢見で予知出来るなら我々の親世代の死をどうして回避出来無かった?そもそも言葉を濁すばかりで詳細に語ってはくれない。


今回のエルフライダーの襲来も同じだ、脅威だと口にしながら彼女にどのような力があるのか集落がどのように滅びるのか何も語らない、そう、このように人間と交流する事で集落は発展した、それは長老の細かい指示があったからだ。


それだけの力を持っていながらどうしてこのような曖昧な指示を?途端にあれだけ忠誠心を捧げていた長老が信用出来無くなる、何より彼女はエルフライダーを出来る事なら捕らえろと命令して置きながら少しでも被害が出ると判断したら殺せと命令した。


全てが曖昧で納得出来無い、そして何よりあのように美しい生き物を殺す?バカな事を言う、ああ、そうか私はキョウを敵視した長老が許せないのか、自分自身の気持ちに納得がゆく、彼女を害する者として長老を認識してしまったのか?


私は恋をして変わった。


「喜んでくれるだろうか」


トキメキのままに足早になる私、集落の裏口から抜けようとした際に声を掛けられる。


「お姉さま」


お前は何時だって私の邪魔をするな妹よ。


急いでいるんだぞ?


お姫様が待っている。

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