第223話・『人のお家の食べ物をバカにするのはやめよう、味噌汁に何が入ってても良いじゃん』
埃臭くて黴臭いと彼女は笑った、お前の終の棲家となるのに悪口を言うな、私は正常だ、長老の予言によってこいつを捕らえる事に成功した。
足の腱を切った、腱とはつまり筋肉と骨とを仲介する組織の名称だ、力を発揮する際に使用する筋肉は途中で姿を腱に変えて骨に纏わり付いている。
腱を切断すると筋肉の力は関節には伝わらないので当然動かなくなる、だらんとした足を見詰めながら思う、これでこいつは私のモノだ、他のエルフには渡さない。
討伐は私一人で成した、長老もきっと褒めてくれるはずだ、両足に乱暴に巻いた包帯からは血が滲んでいる、こいつは右腕にも包帯を巻いている、気になったので見てみた。
穴、ナイフで抉ったかのような深くて不快な穴がそこにあった、どのような仕組みかわからぬが膿んではいない、このように湿気の多い森の中で駆けずり回っているのに不思議だ。
イグサで織った茣蓙(ござ)の上でニコニコと笑っている、状況がわかっていないのか?それとも思考する能力が足りないのか?見た目が美しいだけの生き物なのか?
「山小屋だ、割と頑丈に作ってあるのに放置してるのか、わ、蜘蛛の巣だ」
「人間と交流するようになって集落も潤った、狩りの回数も自然と減る、こっちの森は獲物も小さくて少ない」
「へえ、だったら狩りの回数が減った分だけ増えてるかもな」
茣蓙の上に寝転んでニシシと笑う、先程の人物と同じ人物とは思えない、しかし何かを演じているようにも思えない、ころころと表情と所作を変えて私を魅了する、魅了するだと?
「カヤツリグサ科のシチトウイやカンエンガヤツリでも無い、フトイでも無い、藺草をちゃんと使っている、近くで植えているのか?」
「答える義務が無い」
「ここに長く監禁したいならお話する努力ぐらいしようぜ?それしか楽しみが無いんだろ?ほら、この足だし」
「っ………植えている、戦えない者の仕事の一つだ」
「へえ、だったら近くに水田があるのか、人間と交流したっても暮らしぶりは質素で穏やかじゃん、小髭だろ?」
栽培用の品種まで当てられて何も言えずに俯く、私は何と話をしている?花序が小さいのが特徴的な品種だがここまでボロボロに使い古された茣蓙を見て当てるとは少し驚きだな。
知能の低い生き物では無いらしい、私も戦士になる前は田植えも手伝った、少しだけ懐かしい気持ちになる、集落の者の中では長老しか心許せる者がいない、義理の妹にも僅かばかりに壁がある。
しかし目の前の彼女は朗らかに笑いながら私の心を解きほぐす、戒めよ、見た目麗しい生き物を拾っただけだ、観賞用の生き物に心を許すな、牙があるやも知れん、冷静になれ冷静になれ冷静になれ。
俯瞰で接しろ。
「螺旋藺(らせんい)も植えた事がある、観賞用に欲を出してな」
「あれもほぼ同じだしな、でもそんなに高く売れないだろう、地味だし」
「その通りだ、売れ残るは加工して使うには捩じれが邪魔だわで散々だった」
「あははははは、なにそれ、エルフって割と欲深くておバカさんだ」
「い、言うな」
「言うぜ」
無邪気に笑う姿は年相応の少女のように思える、そのはつらつとした笑顔と先程の不気味な笑みが脳内で重ならない、相反する魅力を私に見せてくれる少女、気付かれないように奥歯を強く噛み締める。
藺田(いだ)と呼ばれる水で満たした田んぼで飼育される藺草、突然変異種である螺旋藺も同様の方法で栽培できる、株分けで容易に増やす事も可能だし藺草の栽培経験もある、だからこそ手を出したのだが結果は御覧の通りだ。
「処分するのにかなり手間取った」
「うえぇ?!燃やしたのかっ!!」
「肥料にはなるだろう、どうした、何か可笑しいか?あのように捩じれてしまっては藺草のようにもいかんだろうに」
「た、食べれば良いじゃん」
「た、食べる?あのようなモノを?」
「食えるよ!細かくして普通に!団子状にしても良いし体にも良いぜ?」
絵本の中のお姫様のような姿をしているのに何とも俗人染みた事を言う、大きな瞳がこちらを睨んでいる、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒の相反する美しい色合い、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
まるで宝石のようだと呆けてしまう、エルフは神から様々な恩恵を受けた種族だ、その最たるモノが美貌である、それなのに目の前の少女はそのようなモノは知らぬと己の美貌を私に見せつける、美しい、エルフの美貌が霞むほどに、しかしそこに来てコレである。
藺草を食べようと口にする。
「な、何だよぉ、折角植えたのに燃やしちゃうなんて可哀想だぜ」
「ふ、お前は美しい心を持っているな」
「むきーっ、バカにするんじゃねぇぜ?!利尿薬や消炎剤としても使えるし万能なんだぞっ!」
本当に不思議な少女だ、狂ったように暴れて見せれば作物に愛情を見せたりもする。
もっと私だけに他の表情を見せて欲しい。
私だけに。
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