第222話・『人食いペット主人公』
長老に起きた異変は些細な事ながら気になる、見た目相応の表情、まるで何かを待ち焦がれる乙女のような表情。
そこには違和感しか無い、目の前の存在を脅威と言いながら恋い焦がれるようなアレは何だ?他の者は気付いていない、気付いたのは自分だけ。
だからこそ目の前の存在を打破する事に理由がある、こいつが長老をおかしくさせた?例えどのような状況になろうが長老の言葉を信じ抜く、目の前のコレはエルフの天敵だ。
どのような手段かはわからぬがエルフを捕食する化け物らしい、エルフ専用の捕食者、長老の言葉は抽象的でどのような手段を用いるのかわからない、それもまた何時もと違う。
最悪の未来が見えたのであればその方法も見えたはずだ、集落に人間として侵入させた最悪の未来、だけどそれについては詳しく教えてはくれなかった、あまりに残酷な内容だから抽象的に伝えたのか?
「どうして、どうして俺じゃ無い人を見ているの?エルフのおめめは俺を見る為にあるんだよ、見上げる為に、俺のおめめはお前達を見る為にあるんだよ、見下す為に」
「世迷言をっ!」
「よまいごと、難しいな、ソレ」
「ちっ、まともに会話すら出来無いのかっ!」
「ねえねえ、名前を教えてくれないエルフさぁん、俺って可愛いかな?ふふっ、見た目には自信があるんだよ、中身は少し自信が無いかな?」
「五月蠅い!美しいに決まっているだろ!」
「んふふ、エルフだなぁ」
「何がおかしいっ!エルフを惑わす魔性のモノよっ!」
「自分で自分の言葉を理解出来無いなんてまるで俺じゃないか、ふふ、良いよぉ、お前の剣捌きは実に良い、いたぁい、頬っぺたから血が出ちゃう」
「貴様を殺すのは私だ、他のエルフには渡さない、そうだ、お前を殺せるのは私だけでだ、お前を殺して良いのは私だけだ、私だけがお前を、美しい貴方を」
「おかしいの」
刺突を軽々と避けて少女は呟く、心の底からおかしいとクスクス笑う、エルフの発達した耳に愛らしい声が鳴り響く、悪意と殺意に満ちた笑い声なのにどうしてか不快では無い。
聞いているだけで高揚感が増して体に力が漲って来る、そうだ、こいつを殺して良いのは私だけ、私が長老の為にこいつの首を持ち帰るのだ、そしたら褒美としてこいつの首を頂こう。
エルフは神に愛されし種族、剣技に優れ弓を操り魔法を行使する、しかしそんなエルフから見ても目の前の化け物は美しい、美し過ぎると言っても良い、見ているだけでドキドキする。
おかしくは無い、私は長老の為にこの美しい生命体を私だけのモノにするのだ、手出しをする奴は殺す、私の獲物だ、長老が与えてくれた私だけの愛しい獲物、レイピア捌きにも熱が入る。
「いたたたたっ、服が破けちゃった、んふふ、えっちぃの」
「ハァハァハァ」
「疲れたの?――――催したの?」
「黙れッ!」
「お話しようよ、仲良くなりたいの」
「黙れッ!黙れっ!―――た、頼むから黙ってくれ」
「声も可愛いでしょ?」
「ッ」
違和感も疑問も何も感じないのに自分の体に何かが刺し込まれてるような感覚、透明な触手のようなモノが蠢いて少しずつ少しずつ何かを変えていく、その変化は受け入れるべきものだ。
それは自然と同じだ、そこにあるもの、否定してはいけないもの、ひらひらと千切れた衣服が目の前で舞う、白い肌が惜しげも無く晒されて息を飲む、エルフの肌は白い、しかし彼女の肌は透明だ。
血管が透けて見える程にきめ細かい肌に赤い血が走る、わ、私が傷付けたのか、傷付けてしまったのか、この感情は何だ?凝視してしまう、取り返しのつかないことをしてしまったような、そんなはずは無い、彼女は敵だ。
美しい敵、見ているだけで精神が削がされる、屈服させられる、長老への忠誠心のお陰で何とか意識を保っている、しかし声は弾む、少女の声は恐ろしい耳心地の良さで私を魅了する、ああ、透けるように白い肌に血が。
「んふふ、痣になっちゃうかも」
「戦いだ、当然だろう」
「あれ、責任は?」
「せ、責任だと?」
「女の子を傷物にして、責任を取らないの?酷い」
目の前が真っ白になる、責任?傷物にしたから?言葉の意味はわかる、レイピアを持つ手が小刻みに震える、クスクスクス、唇に指を当てて笑う少女の姿に体が硬直する、まるで自分の体では無いようだ。
責任を取ればこの美しい生き物は自分のモノになる?バカを言うな、エルフを捕食する危険な生物だぞ、冷静になれ、しかし集落の近くに使っていない山小屋があったな、あそこに監禁すれば殺さなくても済む。
カチャカチャカチャ、レイピアが震える、自分が震えている、何に震えている?歓喜に震えている?
「俺を閉じ込めて?貴方だけのペットにする?」
「わ、私は」
「くぅん♪」
――――――この生き物は美しい、集落には結界が張られている、あの山小屋に閉じ込めて置けば問題無いか。
足の腱を切って。
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